家族や友達には話しにくいけど、でも誰かに聞いてほしいこと

家族や友達には話しにくいけど、でも誰かに話したいこと

日々いろんなことを考え、悩むけれど、家族や友達には話しにくい。でも誰かに話したい。そんな話をつらつら綴ります。アラサー、子無し主婦、海外在住、駐在妻。

10万円の使い道

こんにちは。

待宵スークです。

 

 

 

今日は、良いお知らせと悪いお知らせがあります。

どちらから聞きたいですか。

 

 

 

え?良いお知らせから?

 

あなた、変わってますね。

普通こういうときは悪い方から聞くでしょうよ。

 

 

どうせ両方とも大したお知らせじゃないくせに?


うるさいわね。

 

 

 

はい、まずは悪いお知らせから(強制)。

 

 

 

支給された10万円が一瞬で吹っ飛びました。

 

 

申請から支給までは非常に早くて、うちの市なかなか優秀だなぁなんて喜んでたんですけどね。

 

申請書すら届いていない地域もまだあるようなので、本当に有り難い限りです。

 

しかし、もう手元にはほとんど残っておりません。

 

 

 

ん?そもそも待宵は給付金を受け取れる資格があるのか?

 

 

 

日本滞在が長くなりそうだったため、実家のある市に転入届を出しております。

万一病院に行くことになったら保険証がないと困るのでね。

 

市役所に行ったのは2月です。

給付金が決まってから手続したわけじゃないです。

 

いや、別にそれでも悪いわけじゃないけど…念のため。

 

 

「コロナの影響で日本の実家にいる」って言うと、いわゆるコロナ疎開(コロナ帰国?)かと思われるのも嫌なんですよね。

 

滞在してる国から日本に帰れなくなる前に駆け込み帰国~!みたいなの。

 

そういう方々も事情があるでしょうから非難するつもりはありませんが、私自身が白い目で見られるのは正直つらたん。

 

1月から日本におりますのよ。

 

そして、実家を頼りにできたおかげでぐうたら生活しているけど、某国でバイトしていた分の収入は100%減ですのよ。

 

 

 

だいぶ話が逸れましたが、支給された10万円をほとんど使い切ることになってしまった、というのが悪いお知らせでした。

 

 

「お知らせ」といっても、読んでくださってる方には一切関係のない話ですけどね!

単なる待宵の近況です(今更)。

 

 

 

さて、次はいよいよ良いお知らせ。

 

 

わくわく。

 

 

わくわく。

 

 

 

 

バイトに復帰できることになりました!

わーいわーい!

 

某国でやっていたバイトを日本にいながらリモートでできることになったのです。

養われて暮らしてるという後ろめたい思いがこれで少し軽減される!

 

 

そもそも、なぜ今まではリモートバイトができなかったのか。

 

 

それは、

 

 

実家にPCがなかったから\(^o^)/

 

 

私のPCは某国の自宅に置きっぱなし。

一時帰国にわざわざPCなんか持ってきませんからね。

 

実は社員さんにリモート勤務を一応打診されていたのですが、PCがなくて断っていました。

 

それに、某国のその会社もコロナの影響で大きな打撃を受け、仕事量が大幅に減っていたため、バイトが1人減っても回そうと思えば回せる状況だったよう。

 

 

 

打診を断ってから早4か月…

 

先週、社員さんから再び連絡が。

 

「だんだんクライアントが戻ってきて業務が回らなくなってきたので、PCを購入してリモート勤務していただくことは可能ですか?」

 

 

先ほど「一時帰国にPCなんか持ってこない」と書きましたが、実は私のPCは大学4年の冬、つまり9年半前に購入したものでWindow7。

今年に入ってサポートが終了してしまい、そのままでは使えなくなっていました。

 

しかし、夫と相談して、「(実はブログ書くのにめっちゃ使ってるけど、それ以外では)ほとんど使ってないから、とりあえず今は買わない」という結論になっていたのです。

 

 

細々ライター業だけでは正直働いてる実感が持てないし、稼ぎはお小遣いレベル。

 

(本当は新しいPCほしかったし!)

某国の職場から求められてるし!!

 

それじゃあ買いましょう!!!

 

ということになりました。

 

 

うぇーーーーい(゚∀゚)

 

 

☆PC 77,000円

☆初期設定やってくれるサービス 17,600円

☆マウス 1200円

 

合計 95,800円

 

 

 

初期設定くらい自分でやらんかいィ!!

 

無理ですよぅ!!

 

いや、無理じゃないかもしれないけど、やってる途中で分からなくなっちゃって家で一人絶望的な気分になるのが怖かったのよぅ!!

 

17,600円ってたけーな!!と思ったけど、そこは自分のPC弱者ぶりを嘆きつつ受け入れたのよぅ!!

 

 

 

でも、そのおかげでさっそく新しいPCでブログを書くことができているわけです!!

 

業務で必要になるアプリをインストールするのには少し手こずったけど、バイトも来週月曜から勤務できることに\(^o^)/

 

 

 

 

いやーPCでブログを書くの、マジ快適。

 

私はPCブロガーですから。

 

スマホはいつでもどこでも書けるというメリットがあるし、私もスマホで記事丸々1本書くことがあるけど、基本はPCブロガー。

 

むしろ、スマホブロガーに対しては「誰でも練習すればスマホよりもPCのタイピングの方が圧倒的に速く書けるのに、なぜスマホにこだわってPCで書かないのかしら。ブログのためにPCを買えとは言わないけど、持ってるのに使わない人は練習が面倒なの?」くらいに思ってる。

 

 

 

実家で暮らし始めてからの約5か月の間、どうやってライター業やブログをやっていたかというと、タブレット+キーボード。

 

実家にはPCはないけど、なぜかタブレットはあるんです。

キーボードは日本で私が買いました。

 

 

でも、タブレットは親も使うので、編集中の文章を見られないようにしなければなりません。

 

そのため、メモ帳アプリとロックアプリをインストールして私しか開けないように設定。

作業するときは毎回タブレットとキーボードをBluetoothで接続し、はてなブログなどを使った後は必ずネットの閲覧履歴を削除して…

 

などなど、余計な手間の多いこと。

キーボードにも若干使いにくいところがありましたし。

 

 

 

いやーーPCは本当に快適!!

サックサク書けるぅーー!!

 

PCは私しか使わないから、下書きを親に見られる心配もなし!!

はてなブログもブックマークしておける!!

マウスで細かい作業も簡単!!

 

サックサク~!!

パッリパリ~!!

 

 

そして1月23日以来の仕事!!

働けるって嬉しいな~!!

PCにかかった10万円、バイトとライター業で頑張って取り返すぞー!!

 

 

 

ということで、給付金10万円を使ってようやく実家ニートを抜け出せることになった待宵でした。

 

 

お読みくださってありがとうございました!

 

 

戦いの日々と「ジョイフル」

ファミリーレストラン「ジョイフル」が200店舗閉店って.....

 

 

悲しすぎる.....

 

 

2日前くらいのニュースですが、ご覧になりましたか。
外食産業、コロナの影響で本当に厳しいですね。

 

 


こんにちは。待宵スークです。

 

 

 

「ジョイフル」って皆さんご存じでしょうか。

 

少し前まで私の地元には全然なくて、就職で他県に引っ越した際に初めて知りました。
何だこれ!見たことないファミレスがあちこちにある!と驚いたのを覚えています。

 

「少し前」といっても、私が就職したのって約10年前ですけども(まじか)(光陰矢の如し)
現在はもう少し全国に拡大してるのかな。

両親は私が教えるまで知らなかったそうです。

 

 

 


ジョイフルはリーズナブルでおいしい、24時間営業のファミレス。

 

 

塾講師として奮闘していた頃、本当~~~~~にお世話になりました。

 

「3万円かかるアクティビティとは」の中で少し触れたこのファミレスが、実はジョイフルのこと。

 

その日に授業をする校舎に向かって運転しながら眺めた夕暮れの街。

 

いつも菓子パンを買っていた国道沿いのコンビニ。

 

塾が終わった後の深夜、憂さ晴らしのようにかっ飛ばしたバイパス。

 

0時の閉店ぎりぎりに駆け込んだスーパー。

 

授業を考えるために朝まで利用していた24時間営業のファミレス。

 

マックの駐車場で夜明けの空を眺めたこともあったな。

 

新卒の年に住んでいた部屋では、ベッドで寝た記憶がほとんどない。

 

布団には埃がたまっていた。

 

 

仕事が終わるのが23時頃。

 

家に帰ったらすぐシャワー。

 

スーツを着て化粧をして、最寄りのジョイフルへGO!!

 

食事とドリンクバー(たまにスープバーも)を注文。

 

朝5時半頃まで滞在して、授業を考えたり、調べ物をしたり、入試研究をしたり。

 

通勤の車で道路が混み始める前に出社!!!

 

 

こんな感じで、平均週2くらいは利用していたかな。

 

 

 

家でやろうとすると誘惑が多いし、何より眠くなってしまう。

 

しかも、しーんと静かすぎるのも、テレビや音楽を聴いているのも集中できない私にとっては、少し人々の話し声のある環境がちょうどいいんです。

 

 

いや、もちろん自分を良い客だとは思っていません。

 

深夜なので空いているとはいえ、4~5時間も長居して、テーブルの上に資料や教材を広げ、真冬は暖房がついていても寒いので厚手のブランケットを持ち込み、スープバーのクリームスープをさらに濃厚にするためコーヒーフレッシュを入れ、ときどき死んだようにテーブルに突っ伏している...

 

大変申し訳ありませんでした。
ご迷惑をおかけいたしました。

 

 

 

 

だけど、私の正社員塾講師生活はジョイフルなしでは語れない。
(「正社員」に大きな意味はないのですが、その後地元に戻って2年間アルバイト塾講師をしたので、その区別のために正社員と書いています)

 

 

正社員で塾講師をやっていた4年間、県内で4ヵ所のアパートに住んだのですが(多すぎだろ)、どこに引っ越しても車で5~10分以内のところにちゃーんとジョイフルがありました。

 

 

 

社会科教師だった私は授業の準備なんて何時間あっても足りなくて、毎日が本当に戦いで。

 

 

第一次世界大戦の授業をする前、いわゆる「サラエボ事件」から始まって、使われた兵器や塹壕のことなど、悲惨な戦争を深夜のジョイフルで黙々と調べていて、ものすごく暗い気分になったっけな。


こんな気が滅入る調べ物は、家に一人でいたら無理。

 

 

この第一次世界大戦の授業が私史上一番うまくいった授業でした。


あのときの達成感は今でも覚えています。
「大戦中の兵士の移動でインフルエンザが世界的に流行したんだよ」って教えたことも。

 

 


入試や定期テストの研究も終わりのない作業。

 

公立高校入試はもちろん、私立高校の問題集も何冊も持っていました。

定期テストも中学校ごとに数年分の過去問を見て「教科書のこのグラフがよく出題されている」とか「この先生は“理由”を説明させる問題が好きだ」とか分析したりして。

 

これもまた地道で眠くなる作業なんですよね。
家でやるのは非常にしんどいので、いつもジョイフルで。

 

授業そのものはトークの巧みな教師に劣るものの、問題研究においては同期の中で上司から最も高く評価されていた私。

 

これもジョイフルのおかげです。

 

 

 

 

新卒の年に通っていた店舗では、いつも深夜のシフトに入っているお姉さんとちょっと仲良くなりました。

大声では言えないけど、たまーにこっそりサービスして応援してくれたことはずっと忘れません。

 

 

 

ガ○トも多かったのでよく行きましたが、やはり私の中ではジョイフルの方が圧倒的に好き。


ドリンクバーはジョイフルの方がおいしいし(てかガ○トはココアが薄い)、スープバーもあるし、ガ○トは少しでもウトウトしていると「他のお客様のご迷惑になりますので起きていただけますか」って強めに叱られる...いや、分かってますよ、ファミレスは寝る場所じゃないって。でもちょっと言い方がキツくて怖い...(当時は本当に申し訳ありませんでした)

 

あ、今ファミレスというか外食産業はどこも苦しいだろうから、悪く言ってはいけませんね。てか、ドリンクバーとスープバーはともかく、寝てて叱られるのは完全に私が悪いけど。

 

 

メニューも好き。


よく食べていたものでパッと思い出せるのは、「サラダうどん」と「豚とキャベツのピリ辛塩鍋」かな。

がっつりいきたい日は「ロースカツ定食」か「チキン南蛮定食」。

 

 

 

 

あの4年間は本当に毎日苦しくて、逃げ出したくて、折れそうな心を必死で奮い立たせて...

今までの私の人生で最も過酷な日々でした。

 

でも、ジョイフルでおいしいお料理を食べて束の間の解放感を味わい、そのあと朝まで作業がはかどると、とても充実した気分になれるのです。


いくら若くても頻繁に徹夜するなんて体に悪いけど、振り払えない不安や焦燥をそうやって乗り越えていました。

 

戦いに明け暮れていた毎日を支えてくれたジョイフルには、心から感謝しています。

 

今度引っ越すときには、またジョイフルがたくさんある地域に行きたいな。

どうかコロナ禍を耐え抜いて、私を待っていてください。

 

 

ありがとうジョイフル!

頑張れジョイフル!

 

 

 

 

“D”を求めて

こんにちは。
待宵スークです。




日本に戻ってきて早4ヵ月超。


ほんの数日の一時帰国だったはずが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、思いがけず実家暮らしが延びてしまっています。



そろそろ某国の自宅に帰りたい。


1年の中で最もデンジャラスなーーーつまり、カビ&虫との攻防戦が繰り広げられるこれからの季節、家を夫に任せておくのは非常に心配です。


非常に心配です。(2回目)




そうはいっても、好きなタイミングで帰れるわけではないので仕方ない。
少しずつ良い情報も出てきてはいるんですけどねー。

 





2月頃までは日本でまだそんなに感染拡大していなかったので、友達に会ったり、カラオケに行ったり、わりと自由に出掛けていました。


某国のことは心配だけど、せっかく日本にいるんだし、と思って。

(この頃はまだ某国の方がひどかった)




しかし、私は大変重要なことを1つ、やりそびれてしまったのです。







海外にいると生じる、ある問題。




それは、




ONE PIECEの最新巻が買えない。




いや、もしかしたら売ってるかもしれないお店はあるんですが、家からかなり遠いし、前に違法営業か何かで摘発されてたので。



前回日本に帰国したときは、買い物した荷物が重くなりすぎて、ONE PIECEは断念。


そのため、買わなければいけない巻数がだいぶ溜まっています。



今回の帰国は夫と買い物の分担もしたし、全部買って帰るぜー!!



と意気込んで日本に到着し、はたと気付く。





今、うちに何巻まである...??





しまった。
帰国前に確認を怠った。
痛恨のミス。


サンジの家族の話あたりだったのは覚えている。
でもそれが何巻なのか分からない。




何てこった!!


同じ巻を2冊買ってしまうのは嫌だし、飛ばして買ってしまうのはもっと嫌だ!!




そこで、買う前に漫画喫茶に行く作戦を考案。


漫喫でどこまで読んだかを確かめて、それから本屋さんで買えばいいのだ。


よし、これで解決。





しかし、ここで安堵してしまったのがまたまた痛恨のミス。



さっさと漫喫に行けば良かったものを、カラオケに長時間入り浸るなどして出掛けられる日を消費し続け、そうこうしているうちに漫喫が休業に入ってしまったのである。




何てこった!!
コロナウイルスめ!!


てか、私の馬鹿!!


優先順位というものがあるだろう!!

カラオケよりもまずは漫喫に行っておくべきだっただろう!!



そんなに騒がずともコロナが落ち着いたら行けばいいじゃないの、と思われるかもしれないが、漫喫に気兼ねなく行けるようになる頃には私は某国に帰っている。





 

せっかく日本にいるのに...!
ONE PIECEの続きを買えないなんて...!


世の中にこれ以上悔しくもどかしいことがあろうか。


いや、ない。




あれでしょ?
今、大絶賛伏線回収中なんでしょ?


“D”の秘密とかさー!
めちゃくちゃ気になるー!
どこまで話進んじゃったんだよー!


あーもー!!
私の馬鹿馬鹿ー!!





ーー前置き終わりーー





ということで、ほとんどどこにも出掛けず、ガチ引きこもりの私。


まぁ家にいるのがそんなに苦にならないタイプなので、働けないこと以外はそれほど大きなストレスはありません。


両親との生活を漫喫...じゃなくて満喫しております。




少しでも運動不足を解消しようと、ラジオ体操や軽い筋トレを毎日やっているのですが、

 


ここで1つの問題が浮上。




ビタミンDを摂取しないと骨が弱くなるらしい。


ビタミンDは骨の生成に関わる栄養素で、食物から経口摂取することもできるけど、日光を浴びるのがよい、とのこと。



一応知ってはいるけど、ここまで外出しない生活は初めてなので、今まではあまり意識したことはありませんでした。




私、やばいくらい日光浴びてないじゃん。

意識的に浴びに行かないと危険か。 


まだ30代なのに、コツショショーショーになったら困る。
転んだだけで骨が折れちゃうとか?
ひょえー!


60代と70代の両親はピンピンしてるのに、30代の娘がコツソソーショーって。





窓から入ってくる光じゃダメなのかな?


紫外線は部屋にいても気を付けなきゃいけないらしいから、引きこもりでも毎日日焼け止め塗ってるんだけど。


ビタミンDは部屋に入ってこないのか?




「ビタミンD 直射日光」で検索。



すると、


・直射日光を皮膚に当てないとダメ


・窓を通した日光はダメ


・曇りだと摂取できるビタミンDの量が少なくなる


・日焼け止めを塗ってたらダメ




まじか。


紫外線は部屋の中だろうが曇りの日だろうが降り注いでくるのに、ビタミンDは来ないのかよー!


しかも日焼け止め塗ってたらダメって!鬼か!




といっても、1時間も2時間も直射日光を浴び続けなければいけないわけではなく、15分くらいでOK(?)らしい。



2日に1回、夕方に母と一緒に散歩をしているので、そのとき15分だけ腕まくりして歩くか。





というわけで、ビタミンD摂取予定初日。


太陽が眩しい晴天だ。


うむ。


いい感じに“D”が降り注いでいる。


これでコ...コツ...コツショソーショーの恐怖ともおさらばだ。





16時。


顔・首・手の甲に日焼け止めを塗り、マスクを装着して準備万端!


いざ!!

母よ、参りましょうぞ!!

 









曇ってる。









な、なぜ...!?


さっきまでは“D”が燦々と降り注いでいたのに!!


太陽が...雲に覆われている...!!





そう。


何を隠そう、私は雨女なのである。


天候を操れるとか傲慢なことを言っているのではない。

雨の力によって外に誘い出されてしまうのだ。



例えば、雨が降ったり止んだりしているような日は、必ず降ってくるタイミングで外に出てしまう。


買い物に行こうとして、窓から街を見下ろし、「よし、降ってない。誰も傘さしてない」と確認したにも関わらず、エレベーターで下りるだけのわずかな時間に降り出すことも珍しくない。





さすがにこの日の散歩中に降り出したりはしなかったが、どうやら私は雲に引き寄せられてしまったらしい。


雨女改め、クモ女といったところか。


スパイダーレディではなくクラウドレディなので、ご注意願いたい。




残念ながら、この日のビタミンD摂取計画は失敗に終わった。


鮭や舞茸などの経口摂取で補い、日光浴は再チャレンジするしかない。






2日後。



天気予報では一日晴天。


庭を見ると、草木や物干し竿がくっきりと影をつくっている。


いいぞ...いい感じだ...


“D”もたっぷり降り注いでいるに違いない。


先日の分も、と長く浴びるわけにはいかないが、今日は期待できそうである。


“D”よ、待っておれ!!





16時。


顔・首・手の甲に日焼け止めを塗り、マスクを装着して準備万端!


いざ!!

母よ、今日こそ!!
参りましょうぞ!!




天よ、この2本の腕に“D”を...




与えたまえ.....












 

く...曇ってる。










 

曇ってる。









 

なんと無情な...


1度のみならず2度までも!!



私はクラウドレディとしての運命を甘んじて受け入れ、今日まで生きてきた。


おかげで折りたたみ傘を必ず持って出掛ける子になった。




しかし!!


あんまりではないか。


私は何も好き好んで引きこもっているわけではないのだ。

コロナのせいなのだ。




なのに、ここまで頑なに“D”をお恵みくださらないなんて...


コッチョソーショーになっちゃうじゃないか!!

転んで骨折れちゃうじゃないかぁぁ!!




おお、天よ!!


なぜ、なぜ...





 

その日の夜に見た天気予報によると、ここ最近は上空と地表の温度差が大きくて雲が発生しやすいのだそう。



まぁそうっすよね...
夏が近付いてきてるのだから、夕方は天気が不安定になりますよね...

 





いやいや、フツーに朝とか午前中に行けばいいんじゃないの?と思ったそこのあなた。




正論です。




しかしながら、私は両親の就寝後~夜明け頃までを作業時間として、昼頃に起床する生活をしているため、午前中に散歩には行けないのだ。


実家生活の中でどうにか集中できる時間を確保するための苦肉の策なのだ。


某国に帰れるまでは、細々とやっているライターが唯一の仕事なので仕方ない。





となると、夕方がダメなら午後の早い時間しかないが...



暑すぎて無理やろ。
マスクして30度近い気温の中を歩くなんて、熱中症になってまうがな。




やはり生活リズムを元に戻して早起きするか。


それとも散歩とは別に、“D”摂取のためだけにベランダに15分出るか。




こ...骨粗鬆症を防ぐため、どちらも視野に入れて検討していかねばなるまい。





さて、そろそろ私いったい何を書いてるんだろみたいな気分になってきたので終わりにします。




まだまだ大変な日々が続きますが、皆さんも“D”をしっかり摂って、健康的な生活を送ってくださいね!



気遣いができると言われてきた姉と、そうでなかった私

こんにちは。
待宵スークです。

 

 

 


私には2歳上の姉がいます。


結婚はしていません。人に縛られるのが嫌だそうなので、これからもたぶんしないでしょう。

 

私も姉も実家を出ているので会う機会は少ないですが、仲良しです。

 

 

 

 

 

姉と比べると、私の方が成績も運動神経も優れていました。

 


中学生の頃の私なんて、自慢ですけど定期テストでずーっと学年1位、生徒会長。


女子運動部の花形(異論は認めます)・バスケットボール部。


内申点?そんなんオール5ですわ。

 

進学した高校も、姉は中の上くらい、私は県内トップクラス。

 


姉も出来ない子ちゃんじゃありませんでしたが、周りには妹の方が優秀だと思われていたでしょうね。

 

 

 


でも私たち姉妹、互いに抱くコンプレックスは、たぶん私の方が強いと思います。

 

いや、姉がどんなコンプレックスを抱いているか知らないんですけどね。


仮に何かしらコンプレックスを抱いていたとしても、それを私に感じさせない時点で私が負けている。気がする。

 

 

もしかしたら、成績も運動神経も良い妹を見て劣等感を持っていたかもしれません。

 

だけど、私からしてみれば、私は成績と運動神経が良い「だけ」。


他には何も取り柄がなかったのです。

 

 

 

 

姉はとても穏やかな性格で、人当たりが良く、友達も多い方です。

 

 

女性の皆さん、小学校高学年~高校生くらいのクラスを思い出してみてください。


女子たちが「ギャルっぽい」「普通」「地味」に分かれている中で、どのタイプの子とも仲良くできるというか、嫌われない子っていませんでしたか?

 


姉はそれに近い感じです。

 

本人は「そんなコミュ力高くないよw」と言うかもしれませんが、すごくバランスの良い人格なんですよね。

 

私はコミュ力が低いので人と打ち解けるのも本当に苦手...

 

 

 

それに、もとは勉強もスポーツも私の方ができるけど、粘り強い努力家なのは姉の方。


私は追い詰められないとやれないので、姉のようにコツコツ頑張れません。

 

 

姉は小さい頃から絵がとても上手で、高校卒業後、専門学校を経て広告デザイナーになりました。

 

仕事にできる才能を持っていたことも、ずっと夢に向かって努力を続けてきたことも、私にはとても羨ましくて。

 

 

 

 

勉強とスポーツが両方できるなんてめっちゃ恵まれてるやん!!と思う方もいらっしゃると思います。


ですよね。私もそう思います。

 

そう思いますよ。

 

 

 

でも、私は姉のことがずっとずっと羨ましかった。羨ましい。今も。


社会人になったら学生時代の成績も運動神経も大した価値ないですしね。

 

 

 

 

何より、成績と運動神経が良いにも関わらず、私が昔からコンプレックスを抱いていた原因は、

 

 

 

母に「スークは妹らしくてワガママ、姉は周りの人のことを考えて気を遣う子」として扱われていたから。

 

 

 

私は小さい頃から怒りっぽくて、思い通りにならないとすぐ不機嫌になる子でした。


一方で、姉は家族にすら気を遣う。私のワガママにもずいぶん振り回されたでしょう。

 

 

姉妹なんてだいたいそんなものだよ、と言われるかもしれません。

 

母も、あくまでも姉の気遣いを褒めたり労ったりしているのであって、妹の私をけなしているつもりはなかったと思います。

 

でも「私は姉と違って気を遣えない子なんだ」


ずっとそう感じながら育ったのです。

 

 

 

私だって、ある程度大きくなってからは自分のワガママを反省していたし、私なりに家族に気を遣っていました。


それでも「スークはワガママ、姉は気遣いができる」という評価は今も変わっていないと思います。

 

 

 

姉が気を遣う人というのは私も全力で同意だけど、私も実はわりと気を遣ってるのに...

 

おかーさん、気付いて...

 

もうただのワガママ娘じゃないよぅ...

 

 

 

 


そんな私が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で某国に帰れなくなり、1月末からしばらく実家で生活することになりました。

 

社会人になってからは年に2回程度しか帰省していなかったのに、この歳になって親と一緒に暮らすなんて。

 

母60代・父70代ですが、2人ともまだ働いています。

 

 

 

 


ある朝のこと。

 

 

 

両親は毎朝プチトマトを食べる習慣があります。

 

私はふと、父のプチトマトが用意されたお皿を見ました。

 

これです。

 

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何か気付きますか?


大したことじゃないと言えば、大したことじゃないけど・・・

 

 

 


そう、プチトマトが半分に切られています。

 

 

誰が切っているのか。

 

 

母です。

 

 

 

プチトマトですよ。
人々に一口で食べてもらうべく生まれてきた(?)プチトマト。

 

それをわざわざ半分に切っているのです。

 

 

 

 

私は母に聞きました。

 

「お父さんのトマト、何で半分に切ってるの?」

 

 

 

母が答えます。

 

「口に入れたときにプシュッて飛ばしちゃうからだって」

 

 


それを聞いた私

 

「プチトマトなのにわざわざ切るの?毎朝?

お母さんも仕事あるから朝は忙しいのに、わざわざプチトマトを切るためだけに包丁を使って、洗わなきゃいけないの?」

 

実家の平日の朝食はパンと牛乳が基本なので、本当なら包丁は不要なんです。

 

 


毎日のことだからもう慣れたよ、と言う母。


スークに叱られた~(泣)と子どものようにいじける父。

 

 

 

 

それから数日後。

 

 

母が私にこう言ってきたのです。

 

 

「姉子からLINEが来たからプチトマトの話をしてみたら、『スーク、そんなので怒らなくてもいいじゃん。お父さんかわいそう』だって(笑)

やっぱり主婦やってるスークの方が分かるよね、こういうのは。

姉子は一人暮らしだから、普段の生活で自分のことしかしてないから何とも感じないんだろうね」

 

 

 

 


スークの方が分かるよね

 

 

 

スークの方が分かるよね

 

 

 

スークの方が分かるよね

 

 

 

スークの方が分か(以下同文)

 

 

 

 

 

 お、お、お、おかーさん、今 何て...?

 

 

姉より私の方が分かってる...??

 

 

いつも人のことを考えて気を遣う姉よりも、ワガママとされてきた妹の方が母の気持ちを分かってると...

 

 

そう言ってくれたんですかい...??

 

 

 

 

 

これ、嬉しさ伝わります?

 

 

(°Д°)

 

(°Д°)

 

(*°▽°*)パァァァ...!!

 

 

こんな感じだったんですけども。

 

 

 

 

別に母を悪く思ってるわけではないんです。全然。

 

むしろ、愛情を注いで育ててくれたことに大変感謝しています。 

 

子どもの意思をできる限り尊重しようとしてくれる、良い母です。

 

自慢の母です。

 

 

 

ただ「姉は気を遣う子、スークはワガママ」として扱われていたことには少しだけ傷付いていたんです。

 

 

いや、「姉子は気を遣える子なのに、スークはワガママね!」とかは言われてないですよ。

 

“姉は”気を遣える子、“姉は”気を遣える子、と言われ(聞かされ)続けていたというのが正しいかしら。

 

 

 

いやいや、もしかしたらそんなに何度も言われて(聞かされて)ないかも...

 

 

 

 

5回くらい...??

 

 

 

 

でも、たった5回だったかもしれないけど、少しだけ傷付いていたのは確かなのです。

 

 

母は姉を褒めていただけ。

そして私がワガママだったのも間違いない。

 

分かっていても、ちょっと寂しかったんでしょうね。

 

 

 

私、もう31歳なんですが。

「スークの方が分かるよね」と言われて、何だか母に初めて認められたかのような気分になりました。

 

いやいやいや、今までも十分私のことを認めてくれていたとは思います。

 

でも、私もちゃんと母の気持ちや苦労を考えてるよ、ということを分かってもらえたというか。

 

なんだか嬉しかったんです。

 

たかがプチトマトを切るか切らないかの話なんですけどね(笑)

 

 

母もまさか、某国の自宅に帰れないのをいいことにぐうたら生活を送っている次女が、こんなことをブログに書いているなんて思うまい。ふははは。

 

 

 

ということで、実家暮らし4か月半の中で感動したささやかな出来事でした。

 

おしまい♪

 

 

 

朝が来た ー明けない夜はないー (創作)

いやーーーー今日はなんて良い天気なんだ!

窓の外を眺めながら、俺は思わず深呼吸をした。

 

太陽が眩しい。

 

空が青い。

 

小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 

 

 

昨日までと同じ朝なのに、昨日までとは全く違うような気がする。

 

今までのどの朝よりも素晴らしく感じられる。

 

 

 

 

長い、とてつもなく長い夜が明けた。

 

 

たくさんの悲しみと苦しみを乗り越えて、

みんなが待ち望んでいた朝が来たのだ。

 

 

 

 

 

 

「綾美!いつまで寝てるの!」

友紀恵が階段の下から2階の子供部屋に向かって叫んでいる。

 

 

「いいよお母さん、私が起こしてくる。はあ...再開初日から登校班に遅れるの嫌なのに、綾美ってば...」

 

姉の真優がブツブツ言いながら階段を上がっていく。

 

 

 

キッチンから漂うトーストの香り。

ジュージューと卵を焼く音。

 

 

テレビからは聞き慣れた女性アナウンサーの声が流れてくる。

 

「今日の第1位は、水瓶座のあなた!みんなの注目が集められる日!お気に入りの服でお出掛けしてみましょう!ラッキーアイテムはミルクティーです♪」

 

 

「みんなの注目」に「お出掛け」か...

 

 

普段はどうでもいいと思って聞き流している星座占いだが、今日は何だか感慨深い。


外出自粛が続いて、学校も2020年3月からずーーっと休みだった。


真優も綾美も、クラスの「みんな」に会える、外に「出掛けられる」日をどれだけ楽しみにしていたことか。

 

 

 

 

そう、今日からようやく小学校が再開。

 

授業も行事もずいぶん潰れてしまったし、どうやって対応していくのだろうという不安はある。

 

だけど、とにかく学校が始まるということが今は喜ばしい。

これから少しずつ日常を取り戻していくのだ。

 

 

 

ドタドタと階段を下りる音がして、2人がリビングに入ってきた。

 

「いい?あんたが登校班の待ち合わせに遅れると私まで気まずいんだからね?」

 

「もーーお姉ちゃん朝からうるさい」

 

 

 

 

 

2020年1月下旬、少しずつ日本でも報道されるようになった新型コロナウイルスによる肺炎。

 

怖いなとは感じたが、まさかこんな未曾有の危機が訪れるなんて思ってもみなかった。

 

 

 

初めに流行が起こった中国湖北省武漢市から、政府のチャーター機で日本人が帰国。

 

日本国内でも屋形船やツアーバスなどでの感染が確認された。

 

横浜港に停泊した豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号では、700人を越える集団感染となる。

 

 

 

この頃は中国での感染者や死者の数が報道の中心だった。

しばらくすると、韓国でも感染者が増え始める。

 

しかし、何となく、何だかんだで、日本は大丈夫だろうという気がしていた。

 

 

 

後に流行の中心はヨーロッパやアメリカに移る。

 

凄まじい勢いで増えていく感染者と死者。

世界的に有名な観光都市から人影が消えた。

 

 

命の選別を迫られる医療の現場。

死者の埋葬も追い付かない。

そして医者自身も感染して倒れていく。

 

現地に住む日本人がテレビの取材やSNSで必死に訴える。

「日本もこのままでは危ない」

 

 

 

 

2月の終わり頃から大きなイベントの中止や延期が求められるようになり、予定通り開催するか否かで主催者を悩ませた。

 

開催して叩かれた歌手や団体もあった。

 

 

 

都市部を中心に日本でも感染者がどんどん増えていたが、まだ危機感は薄かったと思う。

 

3月2日からの全国一斉休校が決まったときは正直驚いてしまった。

あまりにも突然の発表だったし、そんなにやばいの?って。

 

 

 

俺は3月に入ってからも職場の送別会があったし、友紀恵も美容院に行ったりしていた。

家族4人でショッピングモールに出掛け、外食もした日もあった。

 

 

 

本格的に感染防止対策をしないとまずいなと思い始めたのは、3月の半ば頃からかな。

 

 

オリンピックの延期が決まって、真優も綾美もがっかり。

 

「ワクワクできる時間が1年長くなったんだって考えよう!」なんて、すぐポジティブ変換できるのは綾美の良いところだ。

 

 

 

3月末、志村けんが亡くなったのはショックだったな...

 

感染が報じられてからわずか1週間。

あっという間だった。

 

別にファンというわけではなかったが、取り返しのつかないことになってしまった、という恐怖と悲しみに襲われた。

 

友紀恵も追悼番組を見て涙ぐんでいた。

 

どんなに手を尽くしても、助からないときは助からないんだ。

 

俺だけではなく、多くの日本人が思ったことだろう。

 

 

 

 

 

日本各地で大小のクラスターが発生。

 

東京都では1日に確認される感染者が100人を越えるようになる。

 

今思えば、こんなのはまだ序の口だったが。

 

 

 

「不要不急の外出を自粛しましょう」

 

「3密を避けましょう」

 

「こまめに手を洗いましょう」

 

 

医療崩壊、感染爆発、都市封鎖の可能性。

 

情報番組では毎日繰り返し警戒が呼び掛けられていた。

 

 

 

「感染するときはするから怖がっても仕方ないかなーって」と言って飲み歩く若者。

 

「これがストレス解消だから来ないわけにはいかないんだよね」と言ってパチンコ屋に並ぶ中年オヤジ。

 

「この街の雰囲気が好きなのよ。だからコロナに負けないぞっていう強い気持ちで!」と言って巣鴨に買い物に来るばあさん。

 

 

コロナ関連のニュースを見ていると、気が滅入るばかりか、身勝手な人々に腹が立ってくることもよくあった。

 

 

 

 

 

4月7日、7都府県に緊急事態宣言が出される。

 

でもこの緊急事態宣言、そろそろ出されるんじゃないかって言われるようになってから実際に出されるまでが長くて...

 

首都圏から地方に帰省したり、疎開したりする人が続出。

 

それならまだしも、感染者が出ていない地域に旅行に行ったりとか。ふざけてんのか。

 

 

 

 

そして本当の戦いはこれからだった。

 地獄の始まりだった。

 

 

日本は大丈夫だろうと思っていた。

自分は大丈夫だろうと思っていた。

 

 

政治家たちは瀬戸際瀬戸際と繰り返していたが、やはり日本はすでに瀬戸際から落っこちていたのだ。

 

 

 

 

緊急事態宣言が出されても止まらない感染拡大。

 

家族に看取られることさえ叶わず、亡くなっていく人々。

 

新型コロナ以外の病気の人々にも深刻な影響が出た。

 

救えるはずだった命がいくつも失われた。

 

 

 

 

外出自粛が長引き、ますます消費は冷え込んでいく。

倒産も相次いだ。

 

 

自粛自粛自粛。

 

いったいいつまで続くのか。

この程度の補償ではとてもやっていけない。

 

 

 

医療も経済も崩壊し、このまま人々の繋がりや心まで崩壊してしまうのかーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、長く暗い夜はついに明けた。

 

止まっていた街がようやく動き出すことを許された。

 

 

 

社会に残された爪痕は深い。

払った犠牲もあまりにも大きい。

 

あの時、こうしていたら...

もっと早く対策を講じていれば...

 

タラレバを言いたくもなる。

 

それでも今は前を向くしかない。

 

 

 

悲しみに染まった日本もきっと立ち上がる。

 

今までもたくさんの困難を乗り越えてきたんだ。

 

時間はかかるかもしれないが、日本人は負けない。

 

 

 

 

 真優、これでディズニーランドにも行けるようになるぞ。

 

綾美、バスケクラブの練習もやっと始まるな。

 

友紀恵、EXILEの次のライブ、チケット当たるように祈っておくわ。

 

俺も家族で沖縄旅行、行きたかったなぁ。

 

 

 

「お母さーん!私の連絡帳知らない?」

 

「知らないわよ。ちゃんと準備しておきなさいって昨日言ったでしょう?あんたの机の上じゃないの?」

 

「綾美、まだー!?あと10秒で来なかったら置いてくよー!!」

 

 

 

あーあ、まったく...(笑)

 

来週から友紀恵も働き始める予定だし、毎朝こんな感じで慌ただしいんだろうなぁ。

 

だけど、先の見えない苦しみがようやく終わって、こんな何気ない日常がものすごく幸せだったんだということを改めて実感する。

 

 

 

友紀恵には苦労をかけることになってしまって申し訳ないが、俺だけで済んで良かった。

 

大事な大事なお前たちにうつっていなくて本当に良かった。

 

 

 

「お父さん、行ってきます」

「行ってきまーす」

 

 

真優と綾美が俺の写真に向かって手を振ってくれる。

 

 

行ってらっしゃい。気を付けてな。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

こんにちは。

待宵スークです。

 

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず、皆さんも不安な気持ちで暮らしていることと思います。

 

日常生活が狂わされ、ストレスも溜まりますよね。

 

「コロナが終わったら◯◯したい!」

「コロナが終わったら△△に行く!」

 

そんなふうに未来の楽しみを想像しながら過ごしている方も多いのではないでしょうか。

 

 

 

今回のお話は、一応...創作ということになるのかしら(汗)

 

Twitterで「#コロナが終わったら」というハッシュタグがあることを知り、

 

みんな、自分は生きてコロナの終わりを迎えられるつもりなんだなぁ

 

と思ったことがきっかけで、この話を書きました。

 

 

もちろん、「コロナが終わったら」というのは楽観的な気持ちから言っているのではなく、危機を乗り越えようという強い意志が込められていることは分かっています。

 

ですが、すでに亡くなった方もたくさんいて、この家族のような悲劇が(もっとひどいものも)これからもどんどん増えていくのです。

 

 

私自身、ここまで来てもまだ自分や家族は何だかんだ大丈夫なんじゃないかと思ってしまっています。

 

そんな己に対する戒めというか、ある意味心の準備というか...縁起でもねぇなと思いつつ書いてみました。

 

 

 

創作と呼んでいいのか分からないくらい、あまり練らずに思い付きで書いてしまったので、全体的に雑で申し訳ありません。

深夜に一気書きするパターン。

 

 

あ、それから本文に出てくるコロナ関連の出来事は細かく調べ直していないので、時系列の誤り等はお許しください。すみません。

 

 

 

皆さんと皆さんの大切な人たちが無事にコロナの終わりを迎えられますよう、夜明けを迎えられますよう、心よりお祈り申し上げます。

 

 

お読みくださってありがとうございました。

 

 

 

 

メーデー

京都アニメーションの放火殺人事件とか。


台風15号とか19号とか。


新型コロナウイルスの流行とか。





親友Tが亡くなってから、悲しいニュースを見るたびに思うようになりました。

「Tはこれを知らずに済んで幸せだったかもしれない」と。




Tの死から今日で丸1年。

あっという間だったなー。

もちろん辛かったし寂しかったけど、この1年は嘘のようにさらさらと流れていきました。





Tを失ってからも、特に変わることなく過ぎていく生活。


以前の記事にも書きましたが、「Tの分も一生懸命生きよう」とか「頑張って夢を叶えるから見守っててね」なんて思いませんし。


死んだ人にはもう何も届かない、届けられないという考え方なので。


だから、Tが亡くなってからの方が一日一日を大切に生きているとかはないです。




何か変わったことがあるとしたら、ときどき脳内でTと会話することと、「明けない夜もあるんだ」という人生観になったくらいですかね。




あ、でも先日、Tと最後に会った場所に行きました。


昨年の春節、2月7日に都内の居酒屋で一緒に飲んだのが最後だったのですが、

今年は元々1月24日~30日までしか日本にいない予定だったのに、新型コロナウイルスの影響で滞在が延びてしまったので(現在進行形)。

せっかくだから同じ2月7日に行こうかなと。

実家から遠いし面倒くさいなと思ったんですけど、なんか行かなきゃいけないような気がしちゃったんです。



行ったからといって何もないですが(笑)

その居酒屋の看板と、Tと別れた駅の階段をぼんやり眺めてきただけです。





それくらいかなぁ。
Tの命日に書くことなんて。




あ、あとはTとのLINEのトーク履歴を保存しました。

これが一番の宝物なので、万一消えたら発狂しちゃうと思って。

Twitterには何度か上げたことがあるけど、いつも画面に収まりきらないくらいの長文でやり取りしてたんです。

目に見えるものとしてはこれが一番お互いの愛情を感じられる。





うむ。
最初から最後まで私以外の方にはものすごくどうでもいい記事だ(笑)




今年の春は気持ちが落ち着きませんね。

3月や4月は本来おめでたいことが多い時期なのに、コロナのせいで台無し。

早く元の生活に戻りたいですね。

皆様、体にはくれぐれもお気を付けくださいませ。
頑張ってこのコロナショックを乗りきりましょう。






ということで、3月26日「メーデー」でした。



「命日」、ね。




それでは、お読みくださってありがとうございました。

「3万円かかるアクティビティ」とは

こんにちは。
待宵スークです。

 


1月9日にこんなツイートをしました。
春節の一時帰国を2週間後に控えてウキウキしていた頃ですね。

 

 


この『総額約3万円かかるアクティビティ』って何ぞや。


リプライをくれた方に「実行したらブログに書く」と返事したけど、実行したんかいな。






しませんでした!!
するつもりで帰国したんですが、結局キャンセルしちゃった。

 


アクティビティって書いたのは他に言葉が思い付かなかったからで、大自然の中で遊ぶとかではありません。



いったい何だったのかというと、







塾の正社員時代を過ごした街に行きたかったのです。





私は大学卒業までの約22年間を関東の実家で過ごしました。


その後、地元を離れて塾の会社に就職。
初めての一人暮らし、ドキドキしたっけなぁ。




新卒からの4年間。


たった4年間。


でもそれは、胸いっぱいに希望を抱えて見知らぬ土地にやって来てから、自分に見切りをつけて諦めるまでの4年間でした。



また、今の夫と出会う前、結婚を考えていた人と暮らした街でもあります。



その街での4年間には、仕事も恋も、20代前半の思い出がとにかくぐちゃぐちゃに詰まっているのです。



久しぶりにその街に行って何をするというわけではなく、ただただ行きたかった。


あの頃と同じように車で、思い出の場所をたくさん巡りたかった。
当時よく聴いていた音楽とともにね。



アクティビティに必要な3万円というのは、その街までの往復の交通費とレンタカー代です。






その日に授業をする校舎に向かって運転しながら眺めた夕暮れの街。



いつも菓子パンを買っていた国道沿いのコンビニ。



塾が終わった後の深夜、憂さ晴らしのようにかっ飛ばしたバイパス。



0時の閉店ぎりぎりに駆け込んだスーパー。



授業を考えるために朝まで利用していた24時間営業のファミレス。



マックの駐車場で夜明けの空を眺めたこともあったな。



新卒の年に住んでいた部屋では、ベッドで寝た記憶がほとんどない。


布団には埃がたまっていた。


仕事帰りに居眠り運転で事故って、一歩間違っていれば誰か殺すところだった。





多少生活がまともになったのは、同じ職場の同期の男性と付き合い始めてから。


恋をする余裕があったならまだマシじゃないかと思われそうだけど、彼がいなければ私は人間らしい暮らしができなかった。


ある程度は食事や睡眠を摂るようになったし、休みの日には彼が外に連れ出してくれた。


色々あって別れてしまった...というか振られてしまったんだけど、努力家だった彼のことは今でも尊敬しています。


ずっとずっと元気で頑張ってほしい。






そして何よりも、生徒たちと過ごした塾の校舎。
文字通り笑って泣いて、熱い時間だったな。



塾を辞める最後の年に担当していた中3の生徒たちのことは、今でも思い出すと涙が出る。


なかなか上手くいかなくて心が折れそうになったけど、下半期の生徒アンケート(講師の支持率調査)で結果が出た時は本当に嬉しかったなぁ。



でも、退職が決まっている講師は中3卒業パーティーには参加させてもらえないのがこの塾の会社の掟。


退職日=2月末日、卒業パーティー(公立高校一般入試の合格発表日)=3月なのでね。


受験を終えたあの子たちに伝えたくて、でも伝える場を与えられなかった言葉が、今でも忘れられない。



2014年度に中3だった子たちだから、2020年は21歳になるのか。


時が経つのは早いですね。
みんな元気でやってるかな。


私のことは忘れててもいいから、中3のとき一生懸命頑張った自分のことはずっと忘れずにいてほしいな。






で、これだけ思い入れを語っておきながら今回なぜ行くのをやめたのかというと、



日本に帰ってきた翌日に塾の会社の同期だった女友達と久々に会って、当時のことなどをあれこれ話したら何だか満足してしまったから。笑



彼女は私と違ってすごく優秀だったんですが、一緒に働いていた頃から愚痴や弱音を言い合える仲でした。

真面目な者同士というか。


仕事が終わった後、2人でびっくりドンキー行ったりしたなー。




何だろう...当時の思い出に浸りまくりたい願望(?)が満たされちゃったのかな。
そもそも、その願望いったい何よ(笑)



でもとりあえず3万円かけて行かなくてもいっか...って感じになってしまったんですよね。


また行きたい気持ちが高まったときに行こうと思います。





ということで、Twitterで言っていた「アクティビティ」って何だったんだというお話でした。



新型コロナウイルス拡大の影響でまだまだ日本にいるし、時間は腐るほどあるんですが...


最近はほぼ引きこもりです。


今更ながら新型コロナウイルスの正しい怖がり方が分からない。


皆様も手洗いや消毒をしっかりして、感染予防に努めてくださいね。




では、今回はこのへんで。
お読みくださってありがとうございました。

 

 

 

それでもまだ、夢に見る

 

 

 

バスケをする夢を見たんです。

 

 

 

バスケについてはこのブログに何回か書いてますね。
在住日本人のバスケサークルに入った話、大会前の話、そしてサークルを離れることにした話。

 

 

2019年10月半ば・11月初めに大会があって、それが終わってからは練習に一度も行っていません。
クリスマス会や女子メンバーの集まりなども全て欠席。

 

「サークルを辞めます」とは言っていないけど、実質辞めているような状態。

 

 

 

前回のバスケ記事に書きましたが、サークルに行かなくなった理由は大きく2つ。

 

1つは、私は子連れOKのサークルには向いていないから。

 

もう1つは

 

大会を通して私はやっぱりバスケが下手なんだということを再認識してしまい、それが辛くなったから。


上手い人からのプレッシャー、自分がチームの足を引っ張っているという焦り。

 

中学・高校時代とは違って、そういった負の感情からは解放されたと思っていたのに。

大人になってまでネガティブな気持ちを抱えながらバスケをやらなくたっていいや。

 

 

このサークルを辞めたら、おそらくもうちゃんとシューズを履いてユニフォームを着てバスケをすることはないだろう。


もったいないかなーと少しだけ思ったけど、練習に行かなくなったら週末をとても心穏やかに過ごせるようになりました。

 

 

ストレスが減って良かったわ。
練習場の体育館まで片道1.5時間かかるのもしんどかったしさ。

 

良かった良かった。

 

 

 

 

それなのに、まだバスケの夢を見るんです。

 

 

 

元々よく夢を見る方だし(「覚えている」というのが正しいか)、その中でも昔から特にバスケをしている夢はしょっちゅう見ていました。


小3~高3までずーっとバスケ部だったからか、大学時代も、社会人になってからも、バスケの夢が不動の頻度1位。

 

 

で、一昨日もバスケをしている夢を見まして。

 


夢の中の私って、ほんと上手いんですよ。
現実でそんなに上手かったことなんかないのに。

 

特にディフェンス。


相手選手にピタッとついて、パスにもドリブルにもバシバシ手を出してカットして。


ボールに飛び込んでいって、チームを元気付けるようなガッツ溢れるプレーも連発して。

 

「いけるよ!」って大声でメンバーを鼓舞して、誰よりもコートを走り回って。

 

 

 


そんな選手になりたかったんだ。

そんなプレーができたらバスケ楽しいだろうなっていつも思ってたんだ。

 

現実の私は下手くそで、弱気で、カッコ悪くて...

 

 


でももう私はバスケとサヨナラしたんだし、これ以上望むことなんて何もないのに。
今後はチームに迷惑をかけてしまうとか考えなくてもいい、プレッシャーに悩まなくてもいい。

 

 

それなのに、10年以上ずっと


上手くなりたい上手くなりたい上手くなりたい


と思い続けていたから、いまだに願望や憧れが夢に出てきてしまう。

 

 

 

もういいよ。

 

もういいよ。

 

もう辞めたんだよ。

 

これ以上、時間も金も精神力もバスケのために割くのは無駄だって思ったんだよ。
マイナスの方が大きいって思ったんだよ。

 

願望も憧れも捨てたんだよ。
上手い選手がいても、「私も上手くなりたい」じゃなくて単に「上手いなー」って見ていればいいの。

 

 

夢の中ではすごく楽しくて幸せだけど、目が覚めると本当に虚しくなる。
何度も何度も挫折感を思い出させないでくれるかなぁ。

 

 

 


今これを書きながらたまたまOfficial髭男dismの『Pretender』を聴いてたんですが、

 

「それじゃ僕にとって君は何?」

 

だってさ。

 

 


私にとってバスケは何?

 

 

プロフィールなどを書く機会があるたびにいつも思ってたんですよ。


趣味の欄にも特技の欄にも、バスケは当てはまらないよなって。

 

趣味といえるほど楽しんで続けてきたわけじゃない。
特技といえるほど上手くもない。

 

 

ただ小3のときに何となく始めて、色々あったけど続けてた方がメリットが大きいと思って...友人関係とか内申書的に。

 

 

一番打ち込んでたのは高校時代だけど、その頃ですら趣味とも特技とも思ってなかったし、将来バスケ選手になりたいとかは1ミリも考えたことがなかった。


どれだけ頑張っても上手い人たちには勝てないと分かっていたんだもの。

 

 

10年以上やってきたのに、趣味でも特技でもない、未来もない。

 

 

まぁ、私のパーソナリティ形成には影響を与えたかな。


根性は身に付いたと思うし、もし私が小学生から高校生までチームのエースプレーヤーだったら、良くも悪くも性格が違ってた気がする。


「努力は裏切らない」とか言える人になってたと思う。

 

 

 


とりあえず、私はもう今後バスケは見る専門なので。
夢にバスケの場面は出さなくて結構。


いいですか、脳ミソさん?

 

 


ちなみに、今の私の趣味はブログ、特技は洗顔料をふわっふわに泡立てることです。

 

待宵スークでした。

 

 

 

つらくて深夜に書いちゃった。駐在員って大変なんだ

前回に続いて新型肺炎のちょっと暗い話で申し訳ないんですが。
駐在妻らしい話題ということでお許しください。





1月24日、私と夫は春節の連休で日本に帰省。


1月30日に戻る予定だったのですが、新型肺炎の感染拡大のため、夫の会社の指示で2月3日まで延期することに。


その後、さらに2月15日頃に戻るようにと通達があり、夫は実家で在宅ワーク。


そして今日、2月15日に戻るのも白紙に。
中国に残っていた駐在員も一旦全員日本引き揚げ。


会社の指示で、

駐在員→流行の状況を見て中国に戻る
家族→流行が収束するまで日本で生活

ということになりました。





つらい。


夫と一緒に戻りたいと思っていたのに。


ブログやTwitterでは夫の愚痴ばかり言ってる私ですが、実は結構ちゃんと夫のこと愛してるんです。




湖北省を除く中国全土の感染症危険レベルは2(不急不要の渡航は止めてください)なので、私はそもそも戻るべきでないのは分かっています。


だけど、夫だけ中国に戻って私が日本に残っていて、もし夫が感染したと知らせを受けたら...


とてもじゃないけど耐えられない。


怖いけど、夫が戻るなら私も戻る。
危険だからこそ離れていたくない。


そう思っていました。




でも夫の会社に「戻るな」と言われてしまったら従うしかない。


保険や居留許可証など、私が中国で暮らすための手続きは全て夫の会社を通しています。


私が自分で航空券を取って戻ることはできますが、会社の指示を無視して滞在していたら、何かあっても会社を頼ることができません。





「致死率低いし、健康な30代なら重篤化しないだろうし、万一感染しても大したことないんじゃない?」と思いますか。


そう思った方は、自分ではなく、自分の子どもや配偶者、大切な人が中国にいるのを想像してみてください。



ウイルスが突然変異して、感染力や毒性が強くなったら...


病院に患者が溢れ、感染してもすぐに検査や治療を受けられない状況になったら...



メディアがどんなに大丈夫だと言っても、大切な人が危険にさらされることを考えたら、最悪のシナリオが頭に浮かんでしまうのではないでしょうか。



先ほど「怖い」と書きましたが、自分が感染することは実はそこまで怖くありません。

全く怖くないとは言わないけど。
夫が感染することの方が怖いです。





それから、ちょっとずれるけど今こそ言いたい。



世の中の会社員を全てひとまとめにして「会社員は気楽だ」とか宣ってる方々。


自分の生活がどれだけの会社員によって支えられてるか、今一度よく考えてくださいね。



あなた自身は気楽な会社員(だった)かもしれない。
あなたの周りには気楽な会社員しかいないかもしれない。


でも、こんなときでも人々の生活のために働く会社員がたくさんいるんですよ。



そんな危険のある仕事に就かなきゃいいって?


あなたがそういう仕事を避けたければご自由に。
選ぶのは本人ですからね。


ただし、あなたの仕事だけでは社会は成り立たないのをお忘れなく。






ということで、深夜なので説明不足などがありましたら申し訳ありません。


お読みくださってありがとうございました。
待宵スークでした。

怒りと悲しみの声を聞け

こんにちは。
待宵スークです。



私は悔しくて泣いている。

毎日、テレビやネットのニュースを見て、SNSを見て、泣いている。




新型コロナウイルスによる肺炎が広がっていることは、皆様もご存じだろう。


この新型肺炎が発生した国に私は住んでいる。

1月24日から春節(旧暦の正月)の連休が始まり、現在は日本に帰省中。


私自身、1月上旬頃はまだそこまで深刻に考えていなかった。
だが今は状況が大きく変わった。




新型肺炎に関する情報を詳細に述べるのは割愛させていただく。


私が言いたいことは







政府とWHOは何をしてるんだ??






「転ばぬ先の杖」って言葉、知ってる?
今あなたたちがやってることは「後手後手」の見事なお手本よ。

いつまでこんなぬるい対応を続けるつもりなのか。



武漢からの帰国者を隔離しないだと?

帰国者の人権を尊重するのは分かるが、だったら新型肺炎拡大防止に関する特別措置法つくれよ。
お前ら法律をつくるのが仕事だろうが。

この期に及んで桜を見る会の話を延々続けて、狂ってるのか?



武漢からの帰国者を国会議員の自宅に泊めてあげれば?
どうせ広い家に住んでるんでしょ?
隔離する施設の確保が難航してるみたいだからちょうどいいじゃん。
感染してる可能性の高い人たちと一つ屋根の下。


もしそれを怖いと感じるなら、やるべきことが分かるだろう。
感染する恐怖を国民と同じように味わえよ。
想像力も先見性も欠如した馬鹿どもめ。





それから、中国人を叩いてる人たち。


中国人が今まで世界の観光地で迷惑をかけてきたせいだっていうのはよく分かる。

うるさいし、どこにでもゴミ捨てるし、自分たちが得することばっか考えてるもんね。



だけど、悪口言ってる人たちはどこまで考えてる?


武漢がいかに苦しい状況に置かれているか理解した上で、それでも悪口を言ってやろうと思うわけ??

血も涙もない人だね。




Twitterでは何度も言ってるけど、春節は旧暦の正月のことで、1年で最もめでたい行事なんだよ。

日本人にとっての正月よりももっと大事にされてると思う。



それなのに、正体不明の病気に冒されて命を落としたり、入院したり、家族に会えなくなったり。

人が集まると感染のリスクが高まるから、お葬式すらできないんだって。



発表されている感染者や死者数は正確でないといわれてるけど、今となっては政府が隠してるせいだけじゃない。

病院が足りないから、診察を受けられない人が山ほどいて、人数なんか把握できる状況じゃないの。


病院に人が殺到して、医師や看護師がマスクや防護服も不十分なままずっと診察に当たってる。



テレビで見てないですか?

「私だって家族と過ごしたいのに」と電話で叫ぶ医師。

「私だって咳が出てるのに」と泣き崩れる看護師。


患者やその家族はもちろんかわいそうだけど、医療従事者たちも過酷な状況で戦っている。


私の母がこの看護師さんの映像を見て涙ぐみながら言ってた。

政治家やWHOの人は、この子を自分の娘だと思って見た方がいいね。
そしたらこんな間抜けな対応できないはずだ、と。



病院から逃げ出した人もいるそうだけど、私にはとても責められない。



それに、逃げるにしたってどこに逃げようというのか。

もう武漢の街からは出られない。
食べ物や物資も不足して、感染していない人々も苦しい生活を強いられている。




今朝、こんなツイートを見ましてね。

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「流石にしっかりしてくれ」?


誰が?


もしかして武漢市民?


武漢市民に「しっかりしてくれ」って言ってる??






ふざけんなよ!!!
しっかりするのは政府だろうが!!!


政府の対応が遅かったせいで武漢の人々はこんなにも辛い思いをさせられてるのに!!!



感染がどんどん広がっていき、収まる気配がない。
自分や家族もいつ感染するか分からない。

ウイルスが変異して強毒性になったら?

若者や健康な人だって危ないかもしれない。

だけど、逃げ場もない、身を守る有効な手段もない。


窓から互いに叫び合うのは確かに感染リスクを高めるだけかもしれないが、その怒りや恐怖、悲痛な思いが分からないのか。





最後に、これはちょっと個人的な話になってしまうんだけど。


日頃からちょくちょくLINEしてる友達が「今中国で新型ウイルスみたいなのが流行ってるから気を付けてね」と連絡をくれましてね。

ニュースを見て私が中国在住なのを思い出してくれたのは大変有り難いんだけど、このLINEは1月24日(=春節の連休スタート)。

日本でもすでに結構取り上げられてるはずなんだけど、この人は今知ったのかな...まあいいや、ありがとう。



しかし、その後も

「まだ日本では感染者出てないし」→すでに出てる

「へ~ヤバイことになってるんだ、知らない(^_^;)」→すでに死者100人越えてる

「(武漢から)帰国した人が感染してたよ~」→中国在住の私が一日に何回ニュースをチェックしてると思ってるの...



ちょっとイライラしてきたので、
「ニュース見ようね!日本もこれから感染拡大するから、もっと警戒した方がいいよ」と返信した。

すると、
「ニュースつまんない(´・ω・`)感染拡大するのかぁ~対策ってマスクつけるくらいかな(^_^;)?」と。

おいおい、もうマスクはどこも品薄もしくは品切だぞ...



私「ごめん、私にとっては差し迫った問題だから危機感の温度差がツラい(笑)」


本当は「(笑)」なんて付けたくなかったんですが、あまりきつい言い方になってもね。


友達「そうだね、うちの方はさほどでもないけど(^_^;)スークちゃんにとっては重要だよね、ごめんね」


ちなみに、友達は都内まで電車で10分のところに住んでいる。

台風か何かと勘違いしてる?
この地域なら大丈夫とかないんだけど。
むしろ、あなたの地域から都内に通勤してる人めちゃくちゃ多いから、わりと危険度高めなんだけど。


この認識の甘さは何なんだ...??
私は中国在住だから他の日本人よりも敏感になっているとは思うが、それを差し引いても...

これ以上言っても無駄としか思えなかったので、もう返信するのをやめた。



別の友達からも「予防接種とかないの?」

テレビの街頭インタビューでも「ワクチンってないんでしたっけ?」


こういう人たちは自分や家族が感染するまで分からないんだろうなぁ。
「風邪かと思って病院に行かなかった」とか言って、知らず知らずのうちに感染を広げるんだろうなぁ。




頼むよ、ほんとに。
もうそんな呑気なことを言ってる場合じゃないんだよ。


中国の人々の怒りと悲しみを知ってくれ。
日本人が晒されている危機を知ってくれ。


何なら、あなたの友達である私の抱いている恐怖を知ってくれ。

中国に戻るの、正直めちゃくちゃ怖いよ。
私が住んでる街も感染者120人超えてるのよ。
でも怖いからこそ夫と一緒に戻るんだよ。



他人事のように思わないで。
あなただって感染するかもしれない。
政治家も、中国人を叩いてる人も、関心がない人も。




タイトルと着地点がだいぶズレましたな。笑

とりあえず新型肺炎について怒りと悲しみを感じたことまとめでした。

途中、言葉が乱暴でごめんなさい。

お読みくださってありがとうございました。

私は本気だ

私は本気だ。

 

 

今までも本気だったが、今回の私は一味も二味も違う。

 

 

無駄にするわけにはいかないチャンス。

ずっと待ち望んでいた。

絶対に負けられない戦いが、ここにある。

 

 

入念に準備をし、万全の状態で“そのとき”に臨まねばならない。

 

 

2017年3月、某国で夫と暮らし始めてまもなく丸3年。

今月末には私にとって3度目となる春節(旧正月)を迎える。

 

 

 

ついに来たのだ。

 

 

 

ついに来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

夫婦別々帰省が!!!!!

 

 

 

 

 

 

ついに!!!

 

 

実現するのだァーーーーーッ!!!!

 

 

 

 

 

 

某国で働く夫が5日以上の連休を取れるのは年に3回。 

春節、国慶節、夏休みだ。

 

そのうち2回(少なくとも1回)は日本に帰国する。

 

 

昨年の春節に帰国したときの様子は「久しぶりに日本に帰ったときの話」に書いたが、驚異のタイトスケジュールだった。

 

5泊6日で

某国→夫の実家(九州)→私の地元(関東)→夫の実家→某国

である。

 

一応事情があってのことだが、それにしたって金も時間も無駄としか思えないだろう。

 

 

 

さらに、昨年夏の帰国は

 

某国→私の地元→私の祖父母宅(東北)→私の地元→夫の実家→某国

 

一応事情があってのことだが、それにしたって金も時間も無駄としか思えないだろう。

 

 

 

 

親たちはもう若くないし、出来るだけ顔を見せに行きたい。

そのためならば多少の無理はする。

 

 

しかしながら、私は夫の実家にいても気を遣うだけだし(義両親はとても良い人たちだが)、夫も関東に来たって友達がいるわけでもない。

 

相手の地元に一緒に行っても特に楽しいことは何もないのだ。

 

そのうえ、遠い。

大きな荷物を持っての移動は骨が折れる。

 

 

 

 

今までも別々に帰省したいという話は何度か夫にしてきた。

しかし、夫の両親が夫婦仲を心配するのではという懸念があって出来なかった。

(私の両親は呑気なので、北京旅行中のツーショットとか送っておけば問題ない)

 

 

 

けれども今年は、私は引かなかった。

 

これが最後のチャンスなのだと夫に強く訴えた。

 

結婚して何年も経ってから別々に帰省するなんて言い出したら、それこそ夫婦仲を心配されるだろう。

 

過去2回の春節で、夫婦両方の地元に帰る労力・時間・交通費がどれだけかかるかよく分かったのでと話せば、お義父さんもお義母さんもきっと理解してくれる。

 

今こそベストタイミングなのだーーーー

 

 

 

 

 

こうして夫の両親への説明を済ませ、夫婦別々帰省が実現する運びとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

しかし!!!

 

 

 

今回の帰省はそれだけではない。

 

夫婦別々であるだけではない。

 

 

 

実は今まで、私は2回ほど単独帰省をしている。

つまり夫を某国に残して、1人で日本に帰ったのだ。

 

私は家族に会ったり地元の友達と遊んだりして、自由な時間を満喫した。

 

 

ならば、なぜ今回の別々帰省をそこまで喜ぶのか。

また可能なタイミングで単独帰省すればいいだけのことじゃないか。

 

 

 

違う。

 

 

 

全く違う。

 

 

 

別々帰省と単独帰省は、夫に遠慮することなく地元でフリーダムに過ごせるという点においては同じだ。

 

 

 

しかし、違う。

 

 

 

違うのだよ・・・

 

 

 

 

単独帰省の場合。

 

私が日本に帰っている間、夫は某国で一人暮らしだ。

 

それは洗濯物が溜まり、食事のデリバリーのゴミが溜まり、コップ等の食器が洗われないまま放置されることを意味する。

 

当然のことながら、一人暮らしが長くなればなるほど部屋の状態は悪化していく。

 

つまり、私はあまり長く家を空けられないのだ。

夫のためでもあり、戻ってきてから片付けをする私自身のためでもある。

 

 

加えて、いくら私といえども、毎日朝早くから夜遅くまで働く夫を置いて日本で遊び回るのは少々罪悪感を覚える。

 

誰にも文句を言われる筋合いなどないわと思いつつ、やはり申し訳ないと感じてしまうのだ。

 

 

 

だが、今回は違う!

 

 

 

私が日本に帰っている間、夫も同じく日本にいる。

 

部屋が汚れる心配も後ろめたさを抱く必要もない。

 

たっぷり6泊7日、自由なのだ!!

 

 

 

 

 

 

ああ、なんて素晴らしいのだろう。

 

 

 

日本で誰に会おうか、どこに行こうか。

 

 

あの人と酒を飲みながら語り合いたい。

久しぶりにあの場所にも足を運びたい。

 

 

考えただけで胸が高鳴る。

 

1秒たりとも無駄にできない。

 

 

いや、敢えて余白をつくるのも良いかもしれない。

 

時間を気にすることなく本屋を見て回ったり、カフェでゆっくりとコーヒーを飲んだり。

贅沢この上ない過ごし方だ。

 

 

 

日本の食べ物もたくさん味わいたい。

 

コンビニスイーツにファミレスのハンバーグ・・・

寿司や和食ならともかく、そんなのを楽しみに帰国するなんて可笑しいかな?

 

日本の皆さん、どうか笑わないでくれたまえ。

当たり前のように手に入る安くて美味しい食べ物は、某国では当たり前ではないのだ。

 

 

そう!友人たちに連絡を取るのももちろんだが、私が今日からでも取り組むべきこと。

 

それはずばり、ダイエットだ。

 

せっかく日本にいるのに、太るかしらなんて気にしていたらもったいない。

帰国するまでに出来るだけ絞るのだ。

 

 

 

 

 

今までは、日本に帰国し、戻ってきた後に記事を書くことはあった。

しかし今回は帰国する前に書いている。

 

 

それくらい、私は本気だ。

 

日本での時間を全力で楽しむ。

 

残り2週間と少し。

 

 

私は本気だ。

 

 

 

おっと。

本気のあまり、記事の初めに名乗るのを忘れていた。

 

 

お読みくださってありがとうございました。

待宵スークでした。 

 

 

グレート・ファイアウォールとの終わりなき戦い

「パース!君に決めた!」


くそっ、ダメか...


「行けっ!シカゴ!」


シカゴでも勝てない...
グレート・ファイアウォールめ...!!




...はっ!来てくれたのか!
これできっと...


「頼んだ!シンガポール!!」



やった!ようやく成功ーーーーー!






祖国日本を離れ、東アジアの大国で暮らす私たちは、日々「グレート・ファイアウォール」との戦いを強いられている。


令和だろうが何だろうが、我々にとっては海の向こうの話。


今回は、その巨大な壁に挑む私と戦士たちの様子を少しだけお届けしましょう。






あ 申し遅れました。
スマイリングシンデレラ、待宵スークです。


闇営業ばりに暗い昨日の記事で2019年はブログ納めのつもりだったんですけどね。


駄文を書き散らかしたくなったんです。



ええ、もう書き始める前から駄文のつもりで考えてます。


一生懸命書いたって駄文になってしまうことが少なくないのですから、駄文のつもりで書いたら駄文オブ駄文が出来上がるに違いありません。



楽しみですね。

それでは参りましょう。

ミュージック、スターティン!!






まず、戦士たちの紹介をさせていただきます。



冒頭で戦っていたのが、パース、シカゴ、そしてシンガポール。


先ほどはたまたまシンガポールが「壁」を突破しましたが、パースもシカゴもまるでジャッカルのように頼りになる戦士たちです。



パワーで群を抜いているのが香港、台湾、マカオでしょうか。
彼らが登場してくれると非常に心強い。



サンフランシスコ、シアトル、カナダといった北米勢は、笑わない男もびっくりの安定感。



力が弱く、レアキャラ感があるけれど、ここぞというときに確実性を発揮するのが日本。



最近めっきり参戦しなくなってしまったのは韓国、アルジェリア、シドニーやメルボルン。
なお、ホワイト国かどうかは関係ない模様。



インドネシアやブラジルは気まぐれで、たまには役に立つけれど...アテにはできないかな。
きっと毎日どこかでタピってるかドラクエウォークをやってるんでしょう。






はい。





え??





何の話だよって??






まあまあ、お待ちなさい。

これは駄文として始まり駄文として終わる、駄文オブ駄文なのですよ。


慌てないで。


私たちの戦っている相手「グレート・ファイアウォール」について、まだ何も説明していないんだから。






グレート・ファイアウォール(GFW)とはーーーー






中国全土に敷かれているインターネット検閲・ブロックシステムのことである!
(※香港、台湾、マカオを除く)


政府にとって不都合な情報の規制、中国独自のインターネットサービスの拡大などが主な目的。




以前もこのブログでも書いたことがありますが、

・Googleのサービス全般
・Yahoo!の検索機能
・Twitter
・LINE
・Instagram
・YouTube

などなど、様々なサービスがGFWによってブロックされています。


つまり、これらは中国では使えないということ。
にわかには信じがたいですよね。


他にも、特定のワード、特定の新聞社のページが表示されない等、挙げたらキリがありません。




「使えない」って何?
どういう状態??


例えば、GoogleやYahoo!の検索機能。

検索窓に言葉を入力して、検索ボタンをクリック。


すると、

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こうなります。



LINEでは、受信した新しいメッセージが反映されない、こちらからメッセージを送れない。


Twitterも同様。
タイムラインが更新されない、自分のツイートもできない。






控えめに言って、






不便すぎるだろオイィィィ!!!





ということで、こんなネット環境では生活に支障をきたすため、GFWをどうにかして打ち破る...というか回避する必要が出てくるわけです。



そこで使われているのが「 VPN (Virtual Private Network)」というサービス。


基本的な仕組みがワタクシの頭ではちょっと理解できない上、いろんなタイプがあって難しい。


なので私が利用しているサービスをsexyに説明すると、


別の国や地域のIPアドレスを使うことで、中国国内からのアクセスだとバレないようにする
→GFWに引っ掛からない!!!

って感じです。
(※テキトーなので参考にしないでください)


それでさっきからシンガポールだのサンフランシスコだの言ってたんですね。





VPNのアプリを起動して、

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サーバーを選択し、

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接続できるか...

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ドン!!

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こんな感じですね。





ただし、このようなサービスを中国政府が野放しにしておくはずがありません。


VPNを規制しようとする動きが年々強まっていると言われています。


大型連休や国家にとって重要な行事があるときは規制が強まり、VPNがほぼ使えない状態になることも。
(※このへんの事情も私はあまり詳しくないのですが)



チーーーーーン。応答セヨー。

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原因はよく分からないのですが、9月頃から私が利用しているVPNサービスはずっと不調続き。



例えば、仕事や家事の合間にササッとLINEを返したい。


そう思っても、そのタイミングでうまくVPNに繋がってくれなければLINEは使えません。

10分や20分トライし続けても繋がらない、なんてこともザラ。

計画運休みたいにならないかな。
いつが繋がらないのか初めからはっきりしてほしい。




やってられませんよ、まったく。



夫と結婚し、翔んで中国になったことには後悔などあろうはずがありません。


でもネット規制は本当に#KuTooだし、イライラする。

どうにか少しでも面白くしないと、こんな状況が続いたら発狂しそう。






ということで、私の脳内は冒頭のようになってくるわけです。






「香港、君に決めた!」



なぜだ...数値は出ていたのに...



「サンフランシスコ、任せたぞ!」



何!? 抜群の安定感を見せていたサンフランシスコでも突破できないなんて...



「じゃあ...シアトル!あなたの番です!!」



ダメだ、もう時間がない!休憩が終わっちまう!!



...おや...?



「...久しぶりじゃねぇか、アルジェリア。どうせこのままじゃ俺はLINEを返せねぇ。こうなったら、お前に懸けてやるよ...!!

行け!アルジェリア!!」



...よしっ!!よくやったアルジェリア!!
お前...待たせやがって!!







そのうちに戦士たちまで喋り出します。





台湾「ご主人、俺に任せときなよ。Twitterのリプ返がたまってるんだろ?」



私「そうなんだ。今返せないと、あとはもう夕食を作り終わってからになる。頼んだ、台湾!!」



台湾「・・・・・」



私「おい、台湾・・・?」



台湾「 (接続できませんでした) 」



私「オイィィィィ!!!」



パース「私がいきますよ。台湾のやつ、力が入りすぎちまっていけねェや。私がチャチャッとやりますから」



私「パース、頼りにしてるぞ!」



パース「・・・・・」



私「おい、パース...」



パース「・・・・・」



私「...シンガポール、準備しろ」



パース「 (接続できませんでした) 」



私「くそっ!パースめ、調子のいいこと言いやがって...シンガポール、いけるか」



シンガ「こっちはいつでもいいよ」



私「行くぞ」



シンガ「・・・・・」



私「シンガポール、もうお前しか...!」



シンガ「 (接続しました) 」



私「よくやった...!」



シンガ「最初からアタシにしとけば良かったんだよ、まったく。あいつらは気分屋で使えないんだからさ。
いつもご主人のピンチを救ってきたのは、このアタシさ」



香港「おい、今のは聞き捨てならねぇなァ、シンガポール。俺がお前に劣るってのか?お前が接続に成功するのは、4年に一度じゃない、一生に一度だろ?」



カナダ「はぁ、ちょっと待ちなって...ケンカしてる暇があったら成功率を上げること考えたら?私は確かにパワーは弱い。でも今週の成功率は私がNo.1だよ」



シアトル「誰がNo.1だって関係ないさ。僕たちの役目は、ONE TEAMになってご主人様の快適なネット環境を守ることだよ」



私「...って、Twitter開いたらもう接続切れとるやないかい!!シンガポール!!仕方ない、やり直し」



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私「ぅおーーーーい!!!誰か!誰かおらんのかーーーい!!!誰か返事しろぉぉぉお(休憩時間終了)」








はい。


いつまで続ける気ですかね。
もうそろそろやめておきましょう。




とにかく何が言いたいかというと、この国で暮らしている限りグレート・ファイアウォールとの戦いは終わらない。


いや、正確にいうと私は別に戦ってはいない。
一方的に妨害を受けてるだけ。



仕組みについては本当に全く理解できてないですけども。
グレート・ファイアウォールも、VPNも。


繋がりやすいサーバー・繋がりにくいサーバーがあるのもよく分かりません。




でもとにかく、LINEもTwitterも検索機能も好きなときに使えない、不便!不便!エブリデイ不便!!


有料のVPNにペイペイしてても繋がらない時は繋がらないし!!


もぉ~~~~イライラするぅぅぅうう!!!!




もうすぐ旧正月(春節)がやってきます。
VPNの規制が厳しくなり、前回もずいぶん苦労しました。


またその季節になる前に、ネット規制の苛立ちを書いておきたくなって。


あと、脳内で展開されているVPN劇場を垂れ流したくなって。



2019年を締めくくるにふさわしい、なかなかの駄文になったのではないでしょうか。



でも、馬鹿馬鹿しいことを書き連ねてきましたが、ネット規制って言語や文化以上に自分の力ではどうにもならない問題なんですよね。


どれだけ頑張ろうとも、金を払おうとも。
繋がらない時は繋がらない。




ちなみに、今は12月31日AM4時。
何やってるんでしょうね。

日本のように年末年始の休みがないので、明日もバイトなのに。



これ公開して大丈夫なのかな。

ここまで読み進めてこられた人、います?


ああ、いますね。
よほど暇だったのでしょうね。


嘘です。
ありがとうございます。


貴重なお時間をこんな駄文のために割いていただき、本当に申し訳ない。


昨日の暗いブログと同一人物なのか、自分でも疑わしくなってきました。




ではでは、これで本当に2019年最後です!
ありがとうございました!

来年もよろしくお願い致します!


待宵スークでした\(^o^)/

さよなら、2019年

こんにちは。
待宵スークです。



今日は親友Tについてなので、今ちょっと暗い話は聞きたくないなという方は遠慮なくブラウザバックで構いません。


あと、少し生々しい?内容が入ります。
グロいとかではないんですが、何ていうんだろ...死に関すること。


読んでいて気持ちがずぅーーーんと重くなったらごめんなさい。



いや...もし読んでくださる方がいるなら、私と一緒に重くなってくれませんか?




元々、2019年が終わるにあたって親友Tの記事を1本書こうと思っていました。

というか、先日書いてたんですが、まとまりきらず途中になっていて。





金曜日の昼間、バイトに行く途中。
日本の友人にLINEを返していた時のこと。



「これで全部返したかな」と、トーク一覧を下にスクロールしました。




そのとき。





Tのアカウントが消えているのに気付いたのです。



プロフ画像が表示されなくなっており、「Unknownが退出しました」「トーク相手がいません」と。





どうして??
なぜ消えている??


もうメッセージ送れないの?
Tとの繋がりが...


いやいや、メッセージを送ったってTに届いてるわけじゃないんだし。
それにいつも脳内で話しかけてるじゃん。


でも、まだ繋がっているような気がしていたのに、切れてしまった...





一瞬だけ、実はTが生きていて、スマホを買い換えたとかで消えたのかもしれないと馬鹿な考えが浮かびました。


が、そんなわけはない、警察から電話で「お亡くなりになった状態で発見されました」と言われたんだから。




アカウントの持ち主が操作してないのに消えることなんてあるの?


一定期間起動せずに放置してると自動的に削除されるとか?




LINEの友達が消えている原因についてその場でちょこっと調べてみると、


①アカウントの持ち主が削除した
②LINEの不具合
③こちらのミスでブロックや非表示設定にしてしまった


こんな感じでした。
うーーーん...どれもピンと来ない。




しかし、Yahoo知恵袋からLINEの利用規約の情報を発見し、「最終アクセスから1年以上経過しているアカウントは削除される」との記載が。


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1年以上?


Tが亡くなってからまだそんなに経ってない。
今月で9か月。



でも、やっぱりずーっと放置してると削除されるようになってるんだ。


まだ1年経ってないけど、なぜ経ってないのにと聞かれたら分からないけど、きっとこれだ。




だって、




Tから私に送られてきた最後のメッセージが3月25日。


私が26日に返信したメッセージは既読にならなかった。



発見時には死後1週間くらい経過していたと警察の人が言っていたことからも、命日はおそらく3月25日か26日。



で、アカウントが削除されたのが12月26日。



絶対に偶然じゃないでしょ。
1年じゃなくて9か月だけど、でも命日ぴったりすぎるもん。





Tが最後にLINEを開いたのは3月26日だったんだ。


今までTの命日は25日ってことにしてたんだけど、26日だったんだ。





そして、「もしかして」と思ってトーク画面をさかのぼりました。



Tのアカウントが消えた日時は12月26日12:09。


つまり、最後にLINEを開いたと思われるのが3月26日12:09。



既読にならなかった私のメッセージは、


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3月26日 10:01。





Tは最後のメッセージから私の返信までの間に亡くなったのだと、ずっと思っていました。


でも違った。


私が返信した時には、まだ生きていた。




そっかそっか。

あの時はまだ生きてたんだ。
私のメッセージは一応届いてはいたんだね。



だから何ということはないんだけどさ。



届く前に、私が送る前に死んでしまったのだと思ってたから、それよりは良かった。



いや、良くはないのか。

「私がもっと早く返信していたら」と後悔してたけど、生きてるうちに返信しても救えはしなかったってことですもんね。





でさ、






3月26日12:09、

最後にメッセージを送った相手は誰よ。







誰でもいいけどさ。



誰でもいいけどさ。




お互いそんなにすぐは返信しないから、受信してた私のメッセージを開いてなくても不思議ではないし。


それに、LINEを起動したっていうだけで、誰かにメッセージを送ったとは限らない。


タイムラインを見たのかもしれない。

LINEニュースをチェックしたのかもしれない。

LINEのアイコンに手が触れただけかもしれない。




ただ、昼の12時って普通ならTは寝てる時間なんですよ。
仕事が夜勤なので。


それが起きていたとなると...もしかして...


ってね、また色々と考え出してしまう。




1つ新たな事実が分かると、別の疑問が浮かんでくる。




でも、いつ・何によって・どんなふうに亡くなったのか、どれも警察から教えてもらえなかったから、命日だけでも分かって良かった。


私がLINEを返したときにはまだ生きていたということだけでも分かって良かった。


私がLINEを返すだけでは救えなかったということも。






寂しい。


悲しい。


つらい。


寂しい。


寂しい。




それでも最近はずっと穏やかな日々を送ることができていたのに。


いきなり新しい真実を突き付けて揺さぶってくる。
また新しい別れを味わうことになる。



忘れてないってば。

この前LINEでそう言ったでしょう?


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もう忘れさせてよ。


せめて、あなたと一緒に見た夢だけでも忘れさせて。






今日は12月30日。


あなたと過ごした2019年がまもなく幕を閉じる。

あなたのいない2020年が始まる。


LINEももう出来なくなってしまった。
2020年のメッセージが刻まれることはない。




さよなら、2019年。





*******************



私のブログを読んでくださって、本当にありがとうございます!

2019年の締めがこんな記事かよ!って感じで大変申し訳ありません(汗)



今年は5か月ほどの休止期間を挟みましたが、無事に再開することができ、ここまで続けてこられました。


2018年に始めたこのブログ、2020年に突入です!


今年もありがとうございました!
来年もよろしくお願いします!


あなたにとって2020年が幸せな1年となりますように。


良いお年を~(*^^*)

居心地が悪いと感じるなら、自ら離れるべきなのだ

こんにちは。

待宵スークです。

 

 

今回の記事は、特に小さいお子様をお持ちの方々には不快に思われるかもしれません。

いや、お子様がいなくてもかな…

先に謝っておきます。ごめんなさい。

 

 

 

 

最近、実はバスケサークルからすっかり足が遠のいてしまいまして。

 

 

某国某市の在住日本人のバスケサークルに入っている件は「NO BASKETBALL, NO LIFE 」と「最近のバスケの話」で書きました。

 

「NO BASKET~」では、下手だけど大人になってからのバスケを楽しんでいるという話。「最近の~」では、大会が近付いてきて練習に行くのが怖くなってしまったという話。

 

 

 

10月中旬と11月初めに大会があって、一応無事に終わったのですが、実はそれ以降一度も練習に参加しておりません。

 

何のためにバスケをやってるんだったかよく分からなくなってしまったし、理由はとりあえず置いといて「行きたい」と思えなくなってしまったんですよね。

 

 

 

元々、行くこと自体は前からすごく面倒くさかったんですよ。

 

着替えやシューズなど結構大きくて重い荷物を持って、片道1時間20~30分。

しかもそのうち45分くらいが歩き。

自宅から駅までと、駅から練習場の体育館まで、どちらも遠いんです。

 

練習は2時間なのに、往復に約3時間かかるっていうね。

 

タクシーを使う人も多いんですが、専業主婦の私としては自分の趣味にあまりお金をかけたくなくて。

日本のタクシーよりはるかに安いからといって、毎回使ってたらバカにならないですからね。

 

 

重い荷物を持っての往復3時間。

 

 

それでも通っていたのは、行けば楽しかったから。

行き帰りの疲労よりも楽しさが上回っていたから。

あとは運動不足解消のためっていう意識かな。

 

 

 

でも何だかなー。

 

 

大会を通して変わってしまった。

 

 

大会前の憂鬱は「最近のバスケの話」に書いた通りだったんですが、大会そのものを経てさらに、という感じですね。

 

 

 

 

普段、女子はそんなにガツガツ練習しておらず(人数も少なめだし)、勝利を目指して!みたいな感じじゃなかったんです。

 

それなのに、大会前と大会中だけ急に技術を求められたのがものすごく嫌だったんですよね。

「え、聞いてないよ!」みたいな感じで。

ホンット情けない話なんですけども。

 

 

以前の記事で何度も書いていますが、私はバスケが下手なのでね。

「上手くやらなきゃ!」っていうのが本当にストレスで。

 

 

大会前の練習数回(しかも日曜日に2時間だけ)で大幅にスキルが向上するわけないじゃないですか。

つまり、結局は現状の能力で勝負するようなもの。

 

だったら私が下手なのは分かりきってたじゃない。

そんな急にプレッシャーかけられても…

 

 

お前に勝ちたい気持ちはないのか?って言われれば、一応あるんですけど。

でも、もし試合で勝つことを目標にしてるチームだったら私は加入してなかったですよ。

 

下手なので。

足を引っ張ることになるのが分かってるので。

 

 

いや、別にね?

 

チームメイトに怒られたり責められたりしたわけじゃないんです。

チームメイトたちを悪く言うつもりはさらさらないんです。

 

むしろ責められても仕方ないくらいに試合では役立たずだし。

 

 

でも怒られなくても責められなくても、自分で感じ取ってしまうじゃないですか。

迷惑かけてるな、本当はもっと強く言いたいだろうな、とか。

 

客観的には優しくアドバイスをしてもらってるように見えるのかもしれないけど、それすら怖い。

アドバイスされてることがもうすでに怖い。

 

だって、大会に出るのが決まる前は、練習でどんなミスをしたってアドバイスなんかされなかったもん。

誰もお互いのミスなんて気にしてなかったですから。

 

 

 

大会にエントリーしてみたはいいものの、試合に出るのが嫌で嫌で仕方なくて。

1分でも1秒でも早く交代したくて。

 

元気いっぱいに、前向きにプレーするぞ!と思っても、私にとって現実はそんなに甘くないんですよ。

 

 

 

私ってバスケ好きだったんだっけ。

 

大会中、そんな疑問が頭に浮かびました。

 

全然楽しくない。

ベンチに座っていたい。

応援だけしていたい。

 

 

いったい何のためにバスケをやってるんだろう。

 

 

 

 

それからもう1つ別の理由。

 

 

私は子どもが苦手すぎる。

 

 

 

このバスケサークルは「子連れ参加OK!」なんです。

 

そのため、ママさんプレーヤーたちは(たまにパパも)気軽に子どもを連れて来ることができて、練習中は体育館内で遊ばせています。
※男性プレーヤの奥様とか、最低1人は大人が付いて見ています。

 

 

 

普段の練習の前後や飲み会など、私も子どもたちと触れ合う機会がたくさんあります。

1歳~7歳くらい。

 

 

追いかけっこをしたり、投げたボールがゴールに入ったら褒めてあげたり。

危ないことをしないように目配りしたり、話し相手になったり。

 

食事の時は、こぼさないように注意していたり、飲み物がなくなったらオーダーしてあげたり。

 

 

子どもが苦手な私もちゃんとやります。

ええ、やってますとも。

親御さんの負担が少しでも減って、みんなと同じく楽しめるように。

 

 

 

しかしながら。

 

 

私のような子どものいない者にとっては、加減が分からないのですよ。

 

あの遊びはそのままやらせてて大丈夫なのか、止めに入った方がいいのか、とか。

子どもが「見て見て!」とか言ってくるのに対し、どこまで見ててあげればいいのか、とか。

 

 

分からないから、目の前で子どもが危なっかしいことを始めたらすぐに手を出せるように構えるし、「見て見て!」と言われたらずっと見ているわけです。

 

そうやって、私なりにちゃんとやってるのですが。

 

 

でも、子どもがほしい、母になりたいという願望がない私にとっては、当たり前のようにそれらをしなくてはいけない状況に正直すごく疲れてしまう。

 

子どもが好きな人なら全然苦にならないのかもしれませんが、私はそうじゃない。

 

 

 

先日、あるママさんの坊や(小1)が私にずーーーっと話しかけてきてたんですよ。

ドラえもんの道具について。

 

「アンキパン(暗記パン)っていうのがあってね!これに本を写して食べると全部覚えられるんだよ!」

 

「へええ!!それ、めちゃくちゃ便利じゃん!学校のテストの前に食べたら100点取れるね!」

 

「それからねー!」

 

「そんなのもあるんだー!私もほしいなー!!」

 

お喋り好きな子どものマシンガントークってすごい勢いじゃないですか。

いつまででも喋り続ける。

 

私がそれに一生懸命答えていたところ、坊やの親御さんから一言。

 

 

「そんな全部返事してたら疲れちゃうよ(笑)」

 

 

カチーーーンと来ちゃいましたよ。

 

いやいやいや。あなたのお子さんがね?

私に向かって楽しそうに話しかけてくるから相手してたんですけど?

どの程度返事してあげればいいかなんて知らんがな。分からんがな。

 

そこまで構ってあげなくても大丈夫だから、って言いたいのかもしれないけど、だったらアリガトウとかないのかよ。

嫌々相手をしていたわけではないけど、何その言い方。

 

 

 

 

 

 

先述のバスケの大会のときもね。

子どもたちに気を配らなければならない場面がたくさんあるわけです。

 

当たり前のようにね。

普段の練習は2時間だけど、大会は丸一日なのでなおさらね。

 

 

子連れで大会に参加するなという意味ではありません。

むしろ子どもがいるからといって参加を諦めなくても済むように、みんなでサポートするのはいいことだと思います。

 

 

でもねー。

何だかねー。

 

 

子どもが苦手で、気遣うのに疲れてしまう。

積極的に子どもを持たない道を選んでいるくらいなので、当たり前のように子守を担う状況がどうにも…

 

 

 

私は「ああ、そうか」と気付いたのです。

 

現地の日本人向けフリーペーパーに載っていたバスケサークルのメンバー募集広告。

私はそれを見つけて加入を決めました。

 

そこに書かれていた「子連れ参加OK!」というのは、子どもがいる方が必要とする情報だと思っていた。

子どもを連れて行って良いのか悪いのか。

 

でもそれだけじゃなかった。

 

「子連れではない参加者も子守に加わってもらいますよ」という情報なんだ、と。

 

 

 

 

何か上手く表現できないんですけども…

 

子連れさんに遠慮してほしいとか、面倒見てあげてるんだから毎回丁寧にお礼しろと言いたいわけじゃないんですよ。

 

どんな場面でも、子連れさんが肩身の狭い思いをしなくて済む世の中になるべきだと思ってます。

 

私も社会の一員として、例えば公共の場で困っているママさんがいたら手助けしますよ。

 

 

だけど、それは子どもが可愛いとかママさんに対する思いやりというより、あくまでも「そうするべきだ」という義務感みたいなもの(私の場合は)。

 

 

サークルで子どもたちの面倒を見るのも同じ。

子どもが可愛いからでも、思いやりの心からでもない。

 

子連れOKのサークルに所属していて、メンバーの子どもが同じ空間にいるから、苦手だけど義務としてやっているだけ。

 

 

繰り返しになりますが、子連れNGにしてほしいのとも違う。

子守が好きじゃない人もいるんだから子連れさんの参加を制限しろ、とか訴えたいんじゃない。

 

 

子連れOKに賛成。

ただし、私自身は子どもが苦手。

当たり前のように子守を担わなければならない状況に疲れる。

 

 

だったら、私が参加するのをやめればいいだけの話。

 

 

 

子どもが好きだったら、私みたいにグチグチ言わないで喜んでやれるのかもしれない。

 

少なくとも、自分の子どもがいる人は、他人の子の世話をするのも当たり前という感覚なのだろうし。

 

 

子どもが苦手かどうかよりも、私の心が狭すぎる気がしてきたな。

 

 

いずれにしろ、私は「子連れOK!」のサークルに向いてないな、と大会期間を通じて思ってしまったのです。

 

 

 

 

 

そういうわけで。

 

バスケが下手なのも、否応なしに子守をしなければいけない環境も、以前からずっとあったのですが。

 

バスケの大会を終えて残ったのは、心身の疲労感ばかり。

 

自分の中で「何か違う」という気持ちが高まってしまいまして。

 

このままフェードアウトしてしまおうか、どうしようか。

 

悩みどころなのでございます。

 

 

 

高校生の時以来、せっかくバスケを再開したのに。

 

ちょっと…いや、すごく残念な気もするのですが。

 

だけど、どうにも前向きな気持ちが湧いてこなくて。

 

 

困ったなぁ。

 

 

 

 

「良いプレーをしなきゃとか思わず、楽しめばいいじゃん!」とか、

 

「私も子ども好きじゃなかったけど、生まれたら可愛いよ!」とか、よく言われますけどね。

 

 

私はこういうレベルでっせ。

 

 

 

 

ではでは、今回はこの辺で。

 

お読みくださってありがとうございました。

 

祝・建国70周年!北の都に行ってきた(5)

こんにちは。

待宵スークです。

 

 

ずいぶん間が空いてしまいましたが、北京旅行記第5回!

やっと書けた!

 

といっても、旅程はもう全部書いたので今回はオマケみたいなもんです。

 

初めて北京に行って感じたこと、ホテルの話、などなど。

 

 

それでは、よろしくお願いします~!

 

 

 

 

北京の街の印象

 

 

今さら言うまでもありませんが、中国は日本よりも遥かに大きい国。

 

都市部と地方で様子が異なるのはもちろんですが、中国の2大都市である北京と私が住んでいる某市はどんなふうに違うのかな~と興味がありました。

 

 

たった3泊4日、観光地中心に回っただけですが、感想をお届けします。

 

 

 

 

結論から申し上げますと、北京と某市は結構違う!!!

 

 

街の印象を一言で表すならば、北京は「優等生」「学級委員長」って感じ。

さすが政府のお膝元。

 

先日の「星の見えないこの街で」の記事で某市の煌びやかなビル群について書きましたが、北京の街はそんなにギラッギラしてなかったです。笑

 

お膝元云々というより、某市の方が新しい街なので当たり前なんですけどね。でも何だかきちんとしている印象でした。

 

 

北京が「優等生」なのに対して、某市を例えるなら何だろう。

「イケイケなムードメーカー」ですかね。

ときどき学級委員長の言うこと聞かなくてイラッとさせる感じの。

 

 

でもね、お膝元感もちゃんとあったんですよ。

私が行ったのは国慶節(建国記念日)だったので、街中が中国の赤い国旗だらけ。

某市は国慶節が近付いてもここまでじゃありませんでした。

 

20年以上前にポケットビスケッツの「レッドエンジェル」という歌がありまして、「赤い風が吹く街~♪」という歌詞があるんですが(古すぎやろ)。

 

子どもの頃、何となくかっこいい歌だけど「赤い風が吹く街」っていったいどんなだよと思ったんです。

 

今回北京に行き、風が吹くたびに赤い国旗がはためく様を見て、「これか」と。

 

 

違う?

 

 

まぁいいんです。

 

 

 

 

それから、北京の街の人々の様子。

誰が北京市民で誰が地方からの観光客か分からないので何とも言えないのですが・・・

 

建国70周年の記念イベントなどがたくさんあったので、わざわざ旅行に出ていかず北京に留まっていた市民も多いんじゃないかと思うんですけどねぇ。

 

 

まぁ、推測でいくら物を言っても仕方ない。

 

 

 

何が言いたいかというと、これまた某市とは結構違った!!

 

 

某市在住歴の長い日本人から「某市は最近4~5年でマナーが飛躍的に向上した」と聞いていましたが、なるほどでした。めちゃくちゃ納得。

 

 

 

北京市民なのか、地方民なのか、存じ上げませんけども・・・

 

 

マナー悪っ!!!

 

 

最初に感じたのは、横断歩道を渡るとき。

 

日本だったら横断者優先が当たり前で、渡り終わるまで車は手前で止まって待ちますよね。

 

某市は日本に比べると、車が横断者の前後スレスレを通ったりというのは確かにあるんですけども。

 

北京は某市の比じゃなかった。

車を運転してるのはさすがに地方民じゃなくて北京市民でしょう。

 

横断してるときにじりじりプレッシャーかけるな!!!

近いよ!!近付き過ぎだよ!!

危ねぇわ!!

ぶつかってくるかと思ったわ!!

 

 

 

あと、目に余るなと思ったのはこれ。

 

子ども(~5歳くらい)に歩道などで用を足させてしまう親。

小さい子どもはどうしても我慢できなくなってしまうこともあるのは分かります。

でも、3泊4日で何回見かけたかなぁ。

せめてもう少し人の多いところを避けてくれよ・・・

 

 

 

最後はこれ!!

 

あなたたちは、常に前を行く人を追いかけ、追い越すように義務付けられているんですか?

 

っていうくらい、前に前に出すぎ。

 

 

ここ順番関係なくね?

一人二人追い抜いたところで何もないでしょ?

 

と思うような場所でもぐいぐい行く。

 

階段や狭いところでも我先に行こうとするので、本当に危ない。

押されて落ちるわ!!

中国人同士、よく何とも思わんな!!

 

 

 

ということで。

 

某市も似たようなもんなんですが、北京の方が遥かにマナーが悪いという気付きでした。

某市のマナーが向上しているというのは本当だったんだな。

 

 

 

 

泊まったホテル

 

 

以前から自宅マンションの不具合に散々悩まされてきたので、ホテルは安さ重視では選びません。

 

それなりにきちんとしたホテルでも、特に水回り系のトラブルは覚悟の上。

シャワーのお湯が出ないとか、排水がスムーズにいかないとか。

 

 

でも、今回のホテルは大当たりでした!!

綺麗で快適!

水回りも空調も問題なし!!

やったーーーーーーー!!!

 

 

ちなみに。

 

部屋にはWi-Fiが備え付けられていますが、こんなカードが置いてありました。

 

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これらのインターネットサービスは、部屋のWi-Fiでは使えませんってことですね。

中国のネット規制に引っ掛かります。

 

Thank you for your kind understandingじゃねぇっつーの。

不便だわバカ。

私たちは普段から中国に住んでて分かってるからいいけども。バーカ。

 

 

 

朝食はバイキングでした。

食堂はこんな感じ。

国慶節中なので、食堂も国旗だらけ。

赤い風が吹く食堂になってます。

 

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その中国一色の中に、なぜか「江戸前寿司」ののれん。

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しかも、のれんの下に江戸前寿司が置かれているわけではない。

中華まんが並んでます。なんでやねん。

 

 

 

さて、ホテルの部屋にも食堂にも食事にも、文句は全くなかったんですけどね。

 

1つだけ残念すぎることが。

 

 

 

2日目の朝8時頃、部屋のドアを突然トントンとノックされました。

何かと思ってドアを開けると、ルームメイクのおばちゃんが立っています。

 

「まだ出ないのか」と。

 

いやいや、チェックアウトは12時でしょうよ。

早く出ろって急かす奴がおるかい!

 

 

4日目にも来ました。

 

「今準備中だ」と言ったら、部屋の中にバケツとか運び込み始めて。

 

いやいやいやいやいや!!!

まだしばらくは準備中!!!

すぐには出ないから!!!

 

 

実はチェックインしてすぐのときにもよく分からない用事でホテルのスタッフが部屋に来たし。

3泊4日で計3回。

 

3日目は早朝からバスツアーに行っていましたが、部屋にいたらきっと来たでしょうね。

 

落ち着かんわ。まじ卍。

勘弁してちょんまげ。

 

 

 

 

 

・・・あら?

 

せっかくの楽しい北京旅行だったのに、最後の最後でまた悪口言っちゃってますね。笑

 

 

遺跡はとっても素晴らしかったですよ。

見応えがありましたし、やはり現地に足を運んだからこそ感じられるものがたくさんあって。

 

 

あと北京ダック。

あれだけリーズナブルでおいしいのは、やはり本場だからこそでしょう。

 

 

遺跡も北京ダックも、何度でもリピートしたいくらい良かったです。

 

 

いや、市民のマナーが悪いとか、ホテルの部屋を訪問してくるなとか、ぶっちゃけ大したことではなかったんですよ。

日本や某市と比較するので、記事に書くとこんな感じになっちゃいますけど。笑

 

海外旅行に行ってこの程度だったら、全然問題ないレベル。

トラブルは何もなかったですし。

 

 

北京旅行、楽しかったですよー!!

旅行するなら某市よりオススメです!!

某市はディズニーランドと、あとはぼちぼちですから(おい)。

 

 

実は他にも書きたいことがちょこちょこあったのですが、旅行記を一旦締めたいので、とりあえずこれにて終了~!

 

お読みくださってありがとうございました(*^^*)