【思い出小説】(2/3)バレンタインデーとホワイトデー
2月14日、バレンタインデー当日。
その日はクラスの女子たちとも、女バスのみんなとも予定通りチョコを交換したはずだけど、全く覚えていない。
ただひたすら、今日の帰りにチョコを渡すんだということばかりがずっと気になって、落ち着かなかったのだろう。
いつも通りに部活が終わった。
青井先輩が帰るところを逃さないように、いつもより急いで着替えて、男バスの人たちの様子をうかがう。
応援してくれている友だち2人も緊張した面持ちだ。
青井先輩が女バスの部室の前を通ったら、少し離れて追いかけて、正門を出て青井先輩が一人になったところで渡す、という計画である。
ところが。
その日に限って、青井先輩は自転車通学の男バスの友だちと一緒だったのである。
青井先輩は正門を左に出る私鉄利用者だが、実は自転車通学者も大半が正門を左に出るのだ。
先輩が一人になってくれないと、チョコを渡すことができない。
想定外の事態にどうしようとオロオロしつつ、とりあえず計画通りに友だちと一緒に青井先輩の後ろを正門まで追って歩いた。
青井先輩の友だちは、自転車を押しながら一緒に歩いている。
正門を出たら、青井先輩とバイバイして自転車に乗って行くかもしれない。
そんな淡い希望を抱いたが、残念ながら正門を出ても青井先輩とその友だちはそのまま並んで歩いて帰っていった。
私も、私の友だち2人も、どうすることもできなかった。
諦めきれないけれど、青井先輩が男バスの友だちといるところに突撃する勇気はない。
想いを伝えたくて、バレンタインに告白するんだと決意して、せっかくチョコを用意したのに…
私と友だちが正門で立ち尽くしている横を、女バスのメンバー、男バスのメンバー、そして他の部活の人たちが通り過ぎていく。
そこに女バスの友だちが1人歩いてきた。
彼女の名前は亜実。
私たちのただならぬ雰囲気に気付き、「どうしたの?」と声をかけてきた。
亜実も、青井先輩のことこそ話していなかったが、入部当初から仲が良い友だちだった。
落胆を隠しきれなかった私は、亜実にその場で簡潔に状況を打ち明けた。
私は青井先輩が好きだということ。
バレンタインチョコを渡すつもりだったこと。
しかし、今日に限って青井先輩が友だちと一緒に帰っていったので、渡せなかったこと。
きっと私も友だち2人も、とても悲しい顔をしていたのだと思う。
そこに、もう一人女バスの友だちがやってきた。
彼女は自転車通学だ。
すると、亜実が彼女に言った。
「ちょっと自転車貸してくれない?」
突然のことに、自転車通学の彼女は驚いている。
そして亜実は今度は私に向かって言った。
「追いかけよう。まだ追いつくかも。スーク(私)、後ろに乗って」
「え?亜実の後ろに?」
私は戸惑いながらも、言われるままに自転車の後ろに乗った。
亜実は私を乗せて自転車をこぎ出した。
私鉄の駅に着いたら、青井先輩は友だちと別れて一人になる。
そこに追いつけばチョコを渡せる。
正門から私鉄の駅までは歩いて10分もかからない。
間に合うだろうか。
亜実が懸命に自転車を走らせてくれる。
2月の冷たい風を切って飛ばしていく。
間に合ってほしい。
さっきはもう無理かと思ったけど、亜実が青井先輩のところに私を送り届けようとしてくれている。
せっかく決意したのだからチョコを渡したい。
でも、間に合ってしまったら告白…ドキドキする。
追いついてほしいような、ほしくないような、そんな気持ちで亜実の肩につかまっていた。
私鉄の駅に着いた。
すでに青井先輩の姿はない。
私と亜実は、階段を駆け上って駅の中へ。
いない。
もうここまで来てしまったのだからと切符を買って、ホームまで走った。
(確か当時はまだICカードに対応していなかった)
ホームに青井先輩はいなかった。
もう電車に乗って行ってしまったのだ。
追いかけられるのはここまで。
諦めるしかない。
でも、亜実が全力で自転車をこいでくれたおかげで、悔いはなかった。
私は亜実に心からお礼を言い、一緒に学校まで戻った。
途中、「スークが青井先輩を好きだったとは知らなかったなぁ~」なんて改めて言われるととても恥ずかしい。
正門で友だちが待っていてくれた。
自転車を貸してくれた友達にもお礼を言って、彼女にも事情を打ち明けた。
亜実が私のために一生懸命頑張ってくれて、応援してくれる友達も増えた。
バレンタインはたった1日しかないので終わってしまったが、翌日、2月15日に渡そうと私は気を取り直した。
渡すタイミングの計画は基本的に同じだ。
ただし、昨日と同様、青井先輩が自転車通学の友だちと一緒だった場合は私鉄の駅まで追いかける。
部活が終わった。
急いで着替えて荷物をまとめ、また男バスが帰っていくところを緊張しながら見守る。
青井先輩の姿が見えた。
青井先輩はJR利用者の友だちと一緒に歩いてきた。
つまり、正門を出たら青井先輩は1人になる。
当初の計画で想定していた状況だった。
20mほど離れて、私と友だちは青井先輩の後ろを歩いて追いかけていく。
青井先輩が正門にさしかかる。
お互いに手を振って、青井先輩は左へ、先輩の友だちは右へ。
舞台は整った。
心臓の鼓動が一気に速くなる。
ついにきたね、と私と友だちは思わず顔を見合わせる。
正門で友だちが「スーク、頑張って」と手を握ってくれた。
私は1人、青井先輩を追いかけていった。
気付かれないように早歩きで少しずつ距離を詰めていく。
用意してある告白の言葉を頭の中で何度も繰り返す。
あと4~5mくらいの距離まで来たところだっただろうか。
青井先輩が気配に気付いたようで、後ろを振り返りそうになった。
無言で背後に迫っていたらコワイから、先輩が振り向く前に私から声をかけなきゃ!
「青井先輩」
青井先輩が振り返り、少し驚いたような顔で私を見た。
さあ、いよいよだ。言わなきゃ。
「あの、女バスの1年の待宵スークです」
私は女バスの中で目立たないし、青井先輩と会話もしたことがないから、私のことなんか知らないかもしれない。
だから、最初にちゃんと名前を言おう、と決めていた。
このあたりで、青井先輩は「あ、おれ告白される」と気付いたようだった。
照れて一瞬ななめ下を向き、にやけてしまうのをごまかそうと手を口元に添えた仕草が、今でも忘れられない。
この時間はもう外が暗いので見えなかったが、青井先輩もきっと顔が真っ赤だっただろう。
最初に名乗ったということは間違いないのだが、その後に何を言ったかほとんど覚えていないのが悔やまれる。
でも、大切なことはきちんと言えた。
「青井先輩のことが好きです」
そしてチョコを差し出した。
「これ、1日遅くなってしまったんですけど、バレンタインのチョコです…」
青井先輩は「ありがとう」と小さく言って受け取ってくれた。
私は「あの、このこと誰にも言わないでください」と付け加えた。
青井先輩の仲の良い男バスの友だちに話されたくなかったからだ。
「ああ…うん」
青井先輩はまた小さく答えた。
「ありがとうございました……えっと、…それじゃ」
私はぺこりと頭を下げた。
青井先輩は再び私鉄の駅の方に体を向けながら、
「うん、じゃあね」
と私に向かって左手を上げてくれた。
私も帰らないと。
くるりと向きを変えた。
言えた!
渡せた!!!!
好きですって言えたぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!
興奮冷めやらぬまま、私は来た道を戻ってJRの駅に向かって歩いた。
先に帰ってもらっていた友だちや亜実に「渡したよ!」とメールを送った。
みんな「頑張ったね」「すごいね」と私の健闘を称えてくれた。
告白はしたけれど、文字通り想いを「告げた」だけであって、恋が成就したわけではない。
それでも、私は幸せな気持ちで胸がいっぱいだった。
さて、その後。
告白したからといって青井先輩との関係が何か変わるわけでもなく、バレンタインの前と同じ日々がまた続いていた。
しかし、私は告白のときに1つ大事なことを言い忘れたと気付く。
それは「ホワイトデーは何もいらない」ということ。
もともと本当にただ想いを伝えたかっただけだし、お返しなんていらない。
いや、本音を言えばほしかった。
しかし、何をあげたらいいのかと青井先輩を悩ませるのは嫌だし、私にとって困るのは青井先輩に何か渡されるのを他の人に見られることだった。
ホワイトデーの日は1人で行動するようにしたらいいんじゃない?と思われるかもしれないが、青井先輩には見つけてもらって、他の人には見つからないように行動するなんてできるわけがない。
3月14日は学年末テストで部活はなく、15日がテスト最終日。
午前中で学校が終わって、午後から部活の練習だった。
クラスが解散してから、女バスのみんなと部室でお昼ごはんを食べた。
練習の始まる時間が近付いてくると、準備ができた人から体育館に入っていく。
青井先輩、ホワイトデー用意してしまっただろうか。
私は何もいりませんから。
みんなに知られたくない。
部活が終わって青井先輩が帰っていくのを見届けるまでは落ち着かない。
そんなことを考えながら私も体育館に行き軽く自主練習をしていた。
あと30分ほどで練習が始まる。
そのときだった。
体育館に入ってきた青井先輩が、私の方へ小走りでやってきたのだ。
そしてコンビニの袋を私に差し出した。
「これ、お返し」くらいは言われたかもしれないが、覚えていない。
私が袋を受け取ると、青井先輩は足早に去って行った。
一瞬の出来事だったので、幸い周りの人はあまり気に留めなかったようだった。
私自身もよく分からないまま、とりあえずもらったものを部室に置きに行った。
袋の中身はチョコプリンだった。
練習が始まる前に高校の最寄りのセブンイレブンで買ったものらしい。
私は嬉しいとは思わなかった。
何だか複雑な気持ちだった。
青井先輩はきっと悩んだだろう。
もらったからにはお返しをしなきゃ。
だけど、いつどこでどうやって、何を渡せばいいのか…
悩ませてしまったことに対する申し訳なさや、お返しはいらないと伝えることができていれば、という後悔もあった。
でもそのときの私は、「誰にも言わないで」とお願いしたにも関わらず、みんながいる体育館でひょいと渡されたことに何となく少し傷付いていた。
せっかく青井先輩がお返しを用意してくれたことに文句を言いたいわけではない。
コンビニのプリンではなくて、きちんとしたものがほしかったというわけでもない。
希望のシチュエーションがあったのに、なんてことはもちろんなかった。
今でもよく分からないが、やっとのことでバレンタインのチョコを渡したのに対して、あまりにもあっけなく終わってしまったことがショックだったのかもしれない。
付き合って下さいと言ったわけでもなく、振られたわけでもない。
でも好きだという想いが報われることはないと悟った。
これで、一区切りついた気がした。
続く